けりかの草子

ヨーロッパ在住歴24年、現在英国在住のバツイチ中年女がしたためる、語学、社会問題、子育て、自己発見、飲み食いレポートなど、よろずテーマの書きなぐり。

水の質②(注:他のメディアに限定公開していた記事に手を加えたもの)

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*写真No1:訪問実演のときに写真を撮らなかったので、水処理機器の総合メーカー(株)トーケミのホームページから拝借。右が水道水で左が軟水器を通した水。ただしこれは日本の水道水なので全硬度は我が家の水道水よりずっと低い。だから我が家での実演では、泡立ちの差はこの写真より著しかった。

*写真No2:我が家の温水器のパイプにこびりついているライムスケールの塊



訪問販売員の説明に納得したので、まずはこのメーカーの軟水器の実演のアポを取ることに合意した。こうして、1週間後に別の販売員が実演に来てくれることになった。

アポの当日、やって来たのはこのメーカーに勤めて16年という女性。ヘビースモーカーなのか、ものすごいダミ声の持ち主で、50代前半ぐらいに見えた(まだ50歳になっていないのなら失礼!)。スリムな長身に真っ赤なボディコンドレスを纏い、足元は10cmぐらいありそうなスティレットヒールの黒のパンプスという出で立ちだった。

ナイトクラブにでも行くかのよう装束と軟水器の実演というのはかなりミスマッチだと思ったが、実演は非常に興味深かった。最初に行われたのは、キッチンの蛇口から出した水と、蛇口の水を軟水器に通したもので、同じ石鹸を使って手を洗うという実験だった。硬水である蛇口の水ではいつものように表面の皮膚が突っ張る感じがしたが、軟水器を通した水ではヌメヌメ感があり、手を拭いたあとの肌はしっとりしていた。これは、硬水に多く含まれるカルシウムやマグネシウムが、皮膚が自然に生成する保護脂質を洗い流してしまうからだそうだ。硬水で髪を洗うとパサパサ、ゴワゴワになるのも同じ理由。

次は、硬水を入れた試験管と軟水の試験管に、同じ液体洗剤をまったく同量入れてよく振るというもの。すると、軟水の方が断然泡立ちがいい。そしてしばらく置くと、軟水は泡の下の水がほぼ透明なのに対して、硬水では泡がほとんど消えてなくなり、水は大量の石鹸カスで白く濁っていた。だからこちらでは、シャワーやバスルームは使用後必ず水ですすいでいても、頻繁にクレンザーで掃除しないと、ライムスケールだけでなく、(酸化して?)赤くなった石鹸カスがそこら中に出現する。放っておくとカビや雑菌の温床になって不衛生だ。

また、この泡立ちの違いは、私の食器洗い用洗剤の消費量を省みると、なるほど!とくる。我が家ではほとんどの食器を食器洗い機(欧米のモデルは日本のものよりずっと容量が大きくて便利)で洗っているが、それでもやはりデリケートな食器類や調理器具などは手洗いしている。そのとき私は、しっかりした泡立ちを求めて大量の洗剤をスポンジにつけがちだ。しかも一度の食器洗いにそれを数回繰り返している。だから我が家ではビッグサイズの食器洗い用洗剤をストックしており、そのターンオーバーは実に早い。

ダミ声の女性販売員の話では、軟水器を使えば洗剤やクレンザーの消費量がぐっと減り、またスキンケアやヘアケア製品に大金をかける必要性も低くなるうえ、洗濯機や食器洗い機、アイロン、コーヒーメーカーなどの水を使う家電の寿命がのびるため、中長期的に見ればかなりの節約なる。実に理にかなった主張だ。そのうえ、硬水を使っていたために蛇口やシャワーヘッド、水道管のつなぎ目などにこびりついてしまったライムスケールの塊も、軟水を使い続けているうちに自然に落ちていくそうだ。

彼女自身、このメーカーに入社して以来ずっとここの軟水器を使っているが、今でもその効果に心から満足しているという。困ったことや不満に思ったことはなかったか、つまり何らかのデメリットはあるかと夫が問いただすと、彼女は訪問販売員にありがちなポジティブ面だけを並び連ねた即答ではなく、しばらく真剣に考えてから、「そのような例は本当に思い浮かびませんね」と答えた。

実演を見て軟水器のメリットにすっかり納得した夫と私だったが、最大の懸念であるお値段の方は…… やはり、衝動買いできるような価格帯の製品ではない。だが、軟水を使うことで享受できる恩恵は、計り知れないとまではいわずとも、かなり大きいということは確かだ。ダミ声の女性販売員は、分割払いなどの支払いオプションがいくつかあることを説明してくれたが、まずは3ヵ月間の無料トライアルでその効果を実際に体験してみてから決めればいいといった。その期間中は、軟水器に入れるブロック状の塩も無料で提供してくれるらしい。イオン交換樹脂を利用したこの軟水器に必要なブロック状の塩(樹脂が捉えたマグネシウムやカルシウムを塩水がナトリウムイオンに交換することで軟水化するのだそうだ)は、このメーカーのストア以外にもガーデンセンターやDIYショップで買え、2本入りパックの相場はだいたい6ポンド(約850円)ぐらいだそうだ。

私は、里帰り中に堪能していた、まるであのケラスターゼを使っているかのような感動的な髪の洗い上がりを再び!という切望でモチベーションが全開になっていた。

続く

水の質①(注:他のメディアに限定公開していた記事に手を加えたもの)

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*写真はライムスケールがこびり付いた我が家の電気ケトル


実は、昨日2月22日水曜日から、硬水軟化装置(軟水器)の3ヵ月間無料トライアルをしている。昨日正午にこの軟水器メーカーの配管工がやって来て、約2時間かけて我が家の水道の元栓に軟水器を取り付けてくれた。軟水器そのものは比較的シンプルな構造だが、それを設置するには水道管をあちこちいじらないといけない。その工事に2時間ちかくかかったのだ。だが、いったん設置すればあとはごく簡単。3~4週間に一度ぐらいのペースで、軟水器の中に入れるブロック状の塩を補給するだけ。電動ではなく、水流で稼働するタイプなので、電気代がかさむ心配もない。


アスコットの今の家(貸家)に移り住んだのは8年前のこと。それがなぜ、今になって初めて軟水器を使ってみる気になったのか。

 

事の始まりは今月のあたま。この軟水器メーカーの訪問販売員が我が家のドアベルを鳴らしたことだった。30代後半とおぼしきアジア系の物腰の柔らかい男性で、「押し売り」のイメージとは程遠い人物だった。ちなみに、英国でいう「アジア系」とは、日本人や中国、韓国人などのいわゆる東洋人ではなく、インド、パキスタンバングラデシュ系の人々のことを指す。


普段なら訪問販売はすぐに断っている(あくまでも礼儀正しく)が、この人物の印象が良かったことと(結構人情深い私)、硬水と軟水の違いに多少興味があったので、話を聞いてみることにした。

 

英国の水道水は大半が硬水であることは知っていたが(ちなみにスコットランドは軟水)、「紅茶は硬水で淹れた方が美味しい」だとか、硬水は浴室の鏡やガラス、シャワーヘッドや蛇口、キッチンの流し台や電気ケトルやアイロンに堆積する石灰鱗(ライムスケール)の原因だという程度の知識しかなかった。それがこの販売員の説明では、硬水は皮膚の乾燥や髪のパサつきの原因でもあり、その対策やライムスケールの除去のために多くの人が気が付かないうちにかなりの出費をしているという。しかも、我が家があるアスコット周辺は、水道水の硬度が特に高い地域だそうだ。

 

確かに、シャワールームや浴室、キッチン流し台の掃除には、ライムスケール除去用の少し高めのクレンザーを使っている。しかも、かなりゴシゴシとこすらなければきれいにならない。そして食器洗い機や洗濯機には、定期的に専用の塩を投入しなければ故障につながる恐れもある。電気ケトルも確かに底や注ぎ口にまでライムスケールがかなり溜まっているし、アイロンもスチームと一緒に灰色のライムスケールが溶け出して、アイロンがけしていた服を汚してしまうという事態が何度かあった。


硬水が皮膚や髪の乾燥の原因であることは、そういえばどこかで聞いたような気がする。数年前、ウィンザーのネイルサロンで初めてケアをしてもらったとき、ベトナム系のネイリストの女性に、「あなたのキューティクルはかなり乾燥してますね。イングランドの水はよくないから、キューティクルオイルを頻繁に使ったほうがいいですよ」と言われたことがあった。実際、手を洗うごとにハンドクリームをしっかり塗りこまないと、手の表面がカサカサしたり突っ張ったりする。

 

髪に関しても、イギリスに移住してからというもの、結構なお値段のコンディショナーを使ってもシャンプー後の洗い上がりの質感が満足のいくものではないのは事実。髪を洗った後は(もちろんコンディショナーも毎回使っている)、ヘアセラムやモロッコで買ったアルガンオイルをしっかり塗らないとヘアブラシがすっと通らない。そしてドライヤーで乾かしたあとの髪は、ゴワついたり縮れたりして、なかなかきれいにまとまらない。だからシャンプーしてキレイな髪になったはずの日も、髪をねじり上げて後頭部にバレッタで留めるというパターンが多かった。

 

ヘアサロンで買えるロレアル系の高級ヘアケア商品ブランド「ケラスターゼ」のシャンプーとコンディショナーをしばらく使っていた時期があったが、これはさすがにヘアケアのホームエステというコンセプトを売り物にしているブランドだけあって、素晴らしい艶とコシの感動的な仕上がりだった。ただやはりかなりのお値段の代物なので、ネット販売などの割安ルートで入手していたが、結局1年半ぐらいで断念した。以来さまざまな商品を試したが、「ケラスターゼ」に肩を並べるものはなかった。


しかし、この販売員の説明を玄関先で聞くまで、この髪の悩みを水道水の質と結び付けたことはなかった。歳をとったせいで髪に栄養分が行き渡りにくくなったためだとか、出産で体質が変わってしまったから(とはいっても、出産前から抱えていた悩み)だとか思い込んでいた。

 

だがよく考えてみれば、1月に日本に里帰りしていた期間は、シャンプー後の髪の質感はあのケラスターゼの仕上がりに近いものだった。使っていたシャンプーとコンディショナーの質が良いからかと思っていたが、実家で使っていたのはごくありきたりの商品だっただろうし、東京の民泊先に置いてあったのは某コンビニの自社ブランド製品だった。ああ、なるほど!日本の水道水は軟水だからだったのか!

 

続く

WhiskyとWhiskey (注:他のメディアに限定公開していた記事に手を加えたもの)

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ウイスキーの英語スペルには、WhiskyとWhiskeyの2種類がある。日本語にも「ウヰスキー」や「ウイスキー」などの書き方があるが、前者は旧字であり、現在ではブランド名/商品名に用いられているだけであって、酒税法国税省では「ウイスキー」の表記を使用している。では、英語のスペルの違いはどこから来たものなのだろうか。

 

ウイスキーの話題になるとどうしても触れたくなるのが、「スコッチウイスキー」の定義。まず、スコッチウィスキー(または単にスコッチ)と呼ばれるものは、スコットランド産のモルトウィスキーまたはグレーンウィスキーでなければならない。これは以前から知っていた。シングルモルトウィスキーのことをスコッチと呼ぶと思っている人もいるようだが、これは違う。ブレンドでもスコットランド産のウィスキーならスコッチ。シングルモルトでもスコットランドで製造されたものでなければ、スコッチとは呼べない。

しかも、スコッチと呼ばれることを許されるウィスキーは、2009年スコッチウィスキー規則 (The Scotch Whisky Regulations 2009) という法律が定める基準を満たしているものだけ。

その基準とは(面倒臭いのでウィキペディアの定義をコピペさせていただいた):

スコットランドで製造されたウィスキーであり、

(a)スコットランドの蒸留所にて、水および発芽させた大麦(これに他の穀物の全粒のみ加えることができる。)から蒸留されたものであって、
(i)当該蒸留所にて処理されマッシュとされ、
(ii)当該蒸留所にて内生酵素のみによって発酵可能な基質に転換され、かつ、
(iii)当該蒸留所にて酵母の添加のみにより発酵されたものであり、
(b)蒸留液がその製造において用いられた原料およびその製造の方法に由来する香りおよび味を有するよう、94.8パーセント未満の分量のアルコール強度に蒸留されており、
(c)700リットル以下の容量のオーク樽においてのみ熟成されており、
(d)スコットランドにおいてのみ熟成されており、
(e)3年以上の期間において熟成されており、
(f)物品税倉庫又は許可された場所においてのみ熟成されており、
(g)その製造および熟成において用いられた原料ならびにその製造および熟成の方法に由来する色、香りおよび味を保持しており、
(h)一切の物質が添加されておらず、または
(i)水
(ii)無味カラメル着色料、もしくは
(iii)水および無味カラメル着色料
を除く一切の物質が添加されておらず、かつ、
(i)最低でも40%の分量のアルコール強度を有するもの

なのだ。

そして本題の WhiskyとWhiskeyのスペルの違いの由来はというと、基本的にアイルランド産と米国産のウィスキーはWhiskeyという具合にKとYの間にEが入り、スコットランドやカナダ、日本を含めた世界の他の地域で製造されたものはWhiskyと綴られるらしい。その背景にあったストーリーとは差別化である。

1870年代にスコットランドで製造されていたウィスキーは、Coffey Still(カフェ式連続式蒸留機)で蒸留された非常に質の低いものであったそうだ。そこで、アイルランドが米国輸出向けのウィスキーをこの質の劣るスコットランド産のものと差別化する為にKとYの間にEを入れたWhiskeyという綴りを使うようになったのがきっかけで、アイルランド産ウィスキーの方が広く普及していた米国では、現在でもこの綴りを好むということらしい(参考: Whisky or Whiskey - Master of Malt)。これは知らなかった。

それでも、George Dickel(テネシーウィスキーのメーカー)やMaker's Mark(ケンタッキー・ストレート・バーボン)などのスコットランドにルーツを持つ米国の蒸留所は、Whiskyというスペリングを使っているとのこと。マニアックな私は早速この2つの蒸留所のホームページでファクトチェックをしてみたが、確かにそうなっている。

うーむ。面白い。奥が深い。ただの酒好きでそのような点に今まで注意を払っていなかったので、大変勉強になった。🥃 Slàinte!(スコットランドゲール語で「乾杯!」にあたる表現。「スランチェ」と発音)


ちなみに余談ではあるが、ニッカのホームページによると、現在ではスコットランドでもほぼ見かけられなくなったこのカフェ式連続式蒸留機は、高品質グレーンウィスキーを生み出すそうで、ニッカの宮城峡蒸留所では今でも使っているとのこと。
竹鶴さんと、朝日麦酒の社長だった山本為三郎さんの本物の酒づくりにかけた情熱が果たした日本上陸だったそうだ。

 

偉人たちのレガシーに乾杯。

日本語進化論③

ジャン=クロード・ヴァン・ダムは、ベルギーの首都ブリュッセル出身の格闘家・映画スター。彼の母国語はフランス語なのだが、ウィキペディアの解説によると、1982年に英語もろくに話せないまま、俳優を目指して米国ロサンゼルスに移住したという。そして30年を超える米国生活の末、彼は英語交じりの滑稽なフランス語しか話せなくなってしまった。フランスのテレビのトークショーなどに出演すると、フランス語のみの発言ができず、必ず英語の単語や表現が口から飛び出す。ある程度はやらせなのかもしれないが、そんな彼の姿はフランスでお笑いのネタとなることが非常に多い。私自身もフランスにいた頃は、彼のインタビューに大笑いしていたものだ。

 

しかし、よく考えてみると、現代の日本人の日本語は、ジャン=クロード・ヴァン・ダムのフランス語よりも数倍滑稽かもしれない。果たして今の日本人は、カタカナ語を一切使わずに発言したり、文章を書くことができるのだろうか。外国の地名、外国人の名前などの固有名詞、そして松田源治が主張していたように従来日本になかった外来品や概念などの場合は仕方がないが、れっきとした日本語の表現があるものは日本語を貫く。それは今の日本社会でどこまで実現可能だろうか。近頃の日本の雑誌名などは、ほとんどがカタカナ語か外国語をそのままローマ字でつづったものだ。特にファッション・ライフスタイル系(「流行服飾・生活様式系」と書くべきか)のものはその傾向が断然主流であるように見える。ファクトチェック(事実確認)のためにmagazine-data.comで女性向けファッション雑誌一覧をチェック(確認)してみたが、やはり私の推測は正しかった(http://www.magazine-data.com/women-menu/fashion.html)。

 

だが、50代~の女性が読者層の雑誌には、日本語のみの名前を掲げているものが結構ある。『婦人画報』(現存する日本最古の婦人誌-創刊1905年/明治38年!!!)や『婦人公論』(創刊1916年/大正5年)、『装苑』(創刊1936年/昭和11年)、『家庭画報』(創刊1958年/昭和33年)などの大御所だけでなく、『おとなのおしゃれ手帳』(創刊2012年)といった比較的最近にできた雑誌もある。なかなか潔くて清々しいではないか。

 

『婦人画報』や『婦人公論』など100年以上前に創刊された婦人誌が、カタカナ語の雑誌名が氾濫している現在でも、当時と同じ名前を掲げたままバリバリの現役で健闘しているというのは脱帽ものだ。では、100年前の女性誌の記事にはどれくらいカタカナ語が使われていたのだろうか。気になったのでまたググってみる(検索してみる)と、『百年前新聞』というサイトに出くわした(http://100nenmae-shimbun.jp/ad/entry-80.html)。2015年の7月に投稿された記事だが、大正時代の女性雑誌6誌の広告が掲載されている。『婦人世界』や『婦女界』、『婦人之友』、『家庭雑誌』、『婦人書報』、『淑女書報』といった具合に、どれも純粋な日本語の名前を掲げたものばかりだ。そしてそれぞれの記事一覧を見ると、カタカタ語はほとんどない。『婦人世界』の「ヒステリー患者の心理」という記事と、『家庭雑誌』の「日本人に嫁した外国婦人の家庭談」という記事の寄稿者名(山崎オーラと泉谷エルザ)、そして『婦人書報』と『淑女書報』に「外国婦人のバザー」や「サロメダンスと表情ダンス」、「各国大使、公使夫人のバザア」というのがある程度だ。そしてどれも従来日本に存在しなかった物事や外国人の固有名詞である。

 

そもそも、正真正銘の日本語表現が存在する物事に、わざわざ外来語を使った造語を無理やりに造る必要などあるのだろうか。「ワーママ」は「働く母」や「働くお母さん」で十分なはず。短縮形で「働母(どうぼ?)」とすると、中国語っぽくなってしまうのでやめておこう。「リーマム」の語源の一部である「サラリーマン」は、大正時代頃から使われ始めたということですっかり国語として定着しているが、あえて純粋な日本語に直すなら「月給取り」となる。だから「リーマム」は、「月給取り母さん」でいいではないか。そんなことを考えているうちに、カタカナ語が氾濫している現代の雑誌記事を純粋な日本語に書き換える試みに挑戦してみたくなった。そこで、昭和初期の文部大臣・松田源治がカタカナ語のご法度を出したと想定し、雑誌『Very』10月号の広告を純粋な日本語に訂正してみることにした。よほどの暇人かと思われるであろうが、決してそういうわけではない。

 

まず、雑誌名から取り組まなければならない。なぜ「Very」という英語の形容詞・副詞が名前に選ばれたのか、どういう意味合いで使われているのかよくわからないが、この英単語の一般的な日本語訳は「とても」「まさに」「大変」「非常に」「極めて」などである。どれも雑誌名としてはしっくりこない。特に「大変」は負の印象を与えかねない。そこで、これも今ひとつかもしれないが、「すごい」とすることにした。

下の画像が10月号広告の原版である。

 

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これを私なりに「日本語訳」すると。。。

 

すごい

次号

すごい10月号は9月7日(木)発売です

定価720円(税込み)*内容は一部変更になることがあります。

 

<大特集>

気が付けば、紺の次ぐらいに頼りになってる

枯草色が、私たちの日常の基本色に躍り出た!

見極め線は、主婦にとって一石二鳥なおしゃれかどうか

お母さんに優しい流行だけ乗っかろう!

毎日着られなかったら意味がない!

雑に扱える“一流外套”が欲しい

靴への価値観って、女の個性がいちばんでる

この秋の靴のお悩み、10問10答

  • 上から抱っこひも大丈夫!な厳選上着目録
  • コンバース(固有名詞なのでそのまま)と高いかかとの靴(無理しすぎかも、両方に合う服が欲しい
  • 液状口紅の実力、大調査 
  • 単身育児(「ワンオペ育児」はググりまくってやっとその意味を理解することができた)にまつわるすごい的考察
  • 離婚約のすすめ
  • そのお弁当、詰め方を変えれば見違える!
  • 妻が、お母さんが乳がんになりました・・・・

 他にも読みどころ満載・・・

 

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なかなかの出来ではないだろうか。これは松田源治に文部大臣賞を授けてもらえるほどの傑作かも、などと独り善がりの自己満足に浸る私であった。

日本語進化論②

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「リーマム」とは、一体全体何を指す言葉なのか。形容詞なのか、名詞あるいはブランド名などの固有名詞なのか。その意味を解読すべく、まずどのような形で使われているかに注目すると、例えば雑誌『Very』3月号掲載の「復職&入園シミュレーション」と題された特集記事では、「証言つきで紹介 私のリーマム人生これで変わりました!」や「リーマム生活に本当に必要なもの」といった具合である。そしてこのページには、「復職ママの5日間を支えるヒト・モノ・コト辞典」としてお役立ちアイテムがAからZの順にリストアップされている。「復職」という言葉から、会社勤めに関連のある表現なのだろうとは想像がついた。しかしこの時点の私は、つい最近まで日本の経済誌などで(雑誌『Very』以前は『日経ビジネス』や『東洋経済』の電子版を定期購読していた私)よく見かけていた「リーマンショック」という表現とのつながりを連想していた。リーマンショックのとばっちりで夫が解雇された後、専業主婦生活を捨てて復職に成功した女性たちのことなのだろうか。だが、リーマンショックの被害者たちは、こんなにオシャレにバンバン気合いを入れる余裕があるのだろうか。他にそれらしき定義を思いつくことができなかった私は、そんなことを真剣に考えてしまった。

 

実は、「リーマム」の定義は4月号の「この春、働くベーシックをバージョンアップ!宣言」という特集記事で説明されていた。この特集記事の最初のページの右下に丸囲みで「What’sリーマムとは?」という見出し(英語と日本語の組み合わせ方が間違っているとツッコミを入れたくなる)の下に、「週5日会社通勤するサラリーマン・マザーを “リーマム” と命名」と書かれている。だが、それを発見したのは、この投稿をしたためていたつい先ほどのことであった。ファクトチェックのためにバックナンバーで「リーマム」が使われているページを探していたときのことである。何ゆえ今まで気がつかなかったのかというと、たいていの場合は写真をチラ見するだけで、自分が興味のある内容のページしかじっくり読んでいなかったからだ。そういうわけで、私は雑誌『Very』電子版の8月号を受信するまで、この「リーマム」の意味を理解していない状態であった。8月号から連載が始まった相鉄線とのコラボ記事のタイトル「もしも、リーマムのわたしが相鉄線沿線に住んだら・・・・・・・未来予想図」を見て、ついにググることを決意したのだった。

 

関西出身で現在は外国住まいの私にとって、神奈川県を走る相鉄線沿線での生活シミュレーションなどまったく無縁・無用な話題だが、これほどまでに激用されているこの「リーマム」という表現の意味を知らないままでいるわけにはいかないと感じた。そこで「リーマム意味」というキーワードでググったところ、最初に出てきたのは、「仮想敵国VERY」というカテゴリで楽天ブログに投稿されている雑誌『Very』バッシングのような記事だった。内容はこの雑誌に対してかなり攻撃的だが、「リーマム」というVery用語は「週5日勤務するサラリーマン・マザーのことで、戦場のようなバタバタな朝を経て出社するも、オフィスでは余裕顔で仕事をこなす、仕事と育児・家事を両立させ、バイタリティあふれるキラキラ輝くママたちのことらしいぜ」という説明が導入部にあった。これを読んだとき、私は「あ~っっっっっ!!!!」と思わず絶叫してしまった。「リーマム」とは、大正時代から使われ始めたとされている「サラリーマン」という和製英語http://gogen-allguide.com/sa/salaried_man.html)と、「お母さん」を意味する英語の「Mumマム)」の造語だったのか!つまり、純粋な日本語で言う「働くお母さん」のことなのだ。これはあまりにも意外すぎて、拍子抜けしてしまった。

 

「働くお母さん」を指す現代日本語には、「ワーママ」というのもあるらしい。これは、Weblio実用日本語表現辞典にも定義が載っている (ワーママとは - 日本語表現辞典 Weblio辞書)。英語の「Working mother(ワーキングマザー)」から派生した「ワーキングママ」の略式ということだが、この表現を初めて見たとき、私は冗談抜きで、「わがまま」をどこかの地方の訛りで発音したものだと思った。それにしても、現代の日本社会は一体どうして、これほどまでに外国語から派生したカタカナ語を実用日本語として激用するのだろうか。果たしてこの現象は、日本語の「進化」と受け止めるべきものなのだろうか。松田源治が健在であったら、それこそ「何事ぢゃあ!」と喝を入れてくるに違いない。

 

そんなことを考える私はやはり、重度の浦島太郎症候群にかかっているのだろうか。

 

続く

 

日本語進化論①

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 注:これは朝日新聞DIGITALの『ことばマガジン』から拝借した松田源治のインタビュー記事の見出し部

 

 

最近の日本の家庭では、父親と母親のことを「パパ」と「ママ」と呼ぶパターンが定着化しているのではないだろうか。雑誌(特に女性誌)などを読んでいても、すっかり男親と女親の代名詞になっているように思われる。そのうちに、あのNHKの幼児向け教育番組の名作「おかあさんといっしょ」(なんと、放送開始年は1956年!)でさえ、「ママといっしょ」に改名されてしまうのではないだろうか。昭和後期生まれの私が子供だった頃は、自分の親を「パパ」「ママ」と呼ぶのは恥ずかしいことだという考え方が主流であった。実際、私自身も両親に対して呼びかけるときは「お父さん」「お母さん」、そして第三者に両親のことを話すときは「父」「母」と言うように躾けられていた。だから、自分が「ママ」と呼ばれると、何とも言えない違和感を覚える。そのため、英語を自分の第一言語としている4歳の娘にも「オカアサン」と呼ばせている。英国人の夫を含む第三者に私のことを話す場合は英語の「Mummy(マミィ)」を認めているが、私本人に向かっては「オカアサン」を徹底させている。というわけで、娘の発言の大部分は英語だが、「オカアサン」はちゃんと英語訛りの日本語で言ってくれる。一方、父親のことは日本語を母国語とする私に対しても英語の「Daddy(ダディ)」のままである。「オトウサン」も教え込むべきなのかもしれないが、なぜかまだ実行に移せていない。

 

「パパ」「ママ」は明らかに外来語であるが、いつから日本で使われるようになったのだろうか。このことが気になって探りたい衝動に駆られ、ヤフッてみた(このときは外出中であったためiPhoneで検索。私のPCの検索エンジンはグーグルがデフォルト設定になっているが、iPhoneの場合はヤフーになっている)。「パパ」「ママ」という呼び方を日本人が使い始めた時期を明記する記事やサイトは見つからなかったが、朝日新聞DIGITALの『ことばマガジン』というコーナーに6年前に掲載された面白い記事に出くわした。「昔新聞・昭和(元~10年)の記事 パパ、ママとは何事ぢゃあ!」というタイトルで、1934年(昭和9年)8月30日の東京朝日新聞朝刊11面に掲載されていた当時の文部大臣、松田源治のインタビュー記事について解説したものだ。

(興味のある人はこちらをどうぞ:http://www.asahi.com/special/kotoba/archive2015/mukashino/2011010600005.html )

 

 このインタビュー記事は、「日本精神の作興を大方針としてゐる松田文相が『どうも近頃家庭でパパだのママだのといふ言葉が流行ってゐるやうだが、あれは以ってのほかのことだ、日本人はちゃんと日本語を使ってお父うさん、お母あさんと呼ばねばいかん。あんなパパ、ママを使ふからやがては日本古来の孝道が廃れるんぢゃ』といふわけで近く機会を見て幼稚園や小学校の関係者にもパパ、ママご法度のおふれを出すといふ噂が、二十九日文部省から放送された」という書き出しで始まっている。すると、「パパ」「ママ」はすでに昭和9年の時点で、当時の文部大臣が「けしからん!」と憤慨するほど流行っていたということか。私はてっきり戦後に始まったトレンドだと思っていたので、これは以外だった。

 

このインタビューで松田文相は、「といって我輩は何も排他的ではない、外国語も大いに勉強して外国の長を採り益々我国古来の文明を光輝あらしめねばならない、然るに外国の長所と共に短所をも取り入れてゐる、しかも取り入れた短所の多いのは実に残念である、パパ、ママの如きも其の一例である、マッチ、ラムプの如く従来なかった物は仕方がない、あれは国語である、パパさんママさんなどといふのとは違ふ」と議論している。この記事が掲載された2年後の1936年(昭和11年)に心臓麻痺で急逝(満60歳)した松田源治だが、もし81年後の現世に蘇って今の新聞や雑誌を手にしたら、外国語が語源のカタカナ語や外国語をベースとした造語の氾濫ぶりを見て、再び心臓発作を起こしてしまうのではないだろうか。

 

だが、外国語の影響というのは多くの言語に見られる現象だ。以前にも言及したが、英語(特に英国の英語)にはフランス語が語源の単語や表現が以外に沢山ある。そして、権威あるアカデミーフランセーズがその純度の維持を司るフランス語にも、英語やアラビア語から派生した言葉が存在する。しかも、フランス語には日本語が語源の言葉もいくつかあって面白い。「Sushi(寿司)」や「Saké(酒)」、「Manga(漫画)」など日本固有の物事の名称がそのまま使われるのは自然なことだが、フランス語の名称や表現が昔から存在するのに日本語が好まれて使われている例でとっさに思いつくのは、「être Zen(エートル・ゼン)」や「kakémono(カケモノ)」である。「être Zen(エートル・ゼン)」の「Zen」は禅宗の「禅」だが、ここでは「落ち着いた」「冷静な」「リラックスした」などの意味の形容詞として使われている。ちなみに「être」は英語のBe動詞、日本語の「~だ/~である」「~です/~ます」にあたり、主語に合わせて活用する(Je suis, Tu es, Il/Elle est, Nous sommes, Vous êtes, Ils/Elles sont)。フランス人は、自分が冷静な状態であったりリラックスした気分のときに、「Je suis Zen!」という表現をよく使う。一方、「kakémono(カケモノ)」とは、広告・広報業界でよく使われる単語で、実は日本では一般的に「ロールアップバナー」と呼ばれている広告資材のことである。日本の「掛物(掛け軸)」から来ているのだが、純粋なフランス語の名称(banderole verticale)があるにも関わらず、日本語が語源の「kakémono」が使われることが多い。

 

ある言語に外国語の単語や表現が浸透するという事態は何世紀も前からあったことだろうが、特にインターネットやソーシャルメディアが普及している現代社会では、そのボリュームとスピードはかつてないレベルに達しているに違いない。だが、日本語ほど外来語が氾濫している言語は他にないのではないかと私はよく思う。そのうえ、日本語の進化のスピードは恐ろしいほど速い。毎年のように数々の新語が生み出され、その中には外国語ベースの造語も多い。海外生活が長い私は日本に里帰りするたびに「浦島太郎症候群」にかかるのだが、知らない芸能人・有名人の数だけでなく、この著しく進化する現代日本語もその原因のひとつである。近年ではウェブやソーシャルメディア、雑誌や文庫の電子版などで現代日本語の知識をある程度定期的に更新することができている私だが(ただしギャル語は対象外)、インターネットがまだ一般家庭に十分普及していなかった頃には、あの分厚くて重い『現代用語の基礎知識』や『イミダス』を日本から欧州に持ち帰ったこともある。今では技術発展の恩恵を受けながら日本語の進化になんとかついて行っているつもりであるが、それでも日本の友人や知人から教わって初めて知った新語や新表現もいくつかある。その代表例は「イケメン」だ。

 

この単語を初めて目にしたのは確か2010年のこと。プロゴルフ関係の仕事でやり取りをしていた日本の関係者からのメールに、あるプロゴルファーの描写として使われていた。それが何を意味するのかまったく知らなかった私は、プライドを捨ててメールの送り主に教えを乞うた。「イケてるメン(ズ)」の略で、男前、ハンサムという意味だったとは想像もしなかった。雑誌『egg(エッグ)』の1999年1月号で使用されたのが最初であるそうだから、私がその存在を知ったのは10年以上も経ってからということになる。「イケメン」から「イクメン」という派生語も誕生している。2010年6月に長妻昭労働大臣が少子化打開の一助として「イクメンという言葉を流行らせたい」と国会で発言し、男性の子育て参加・育児休暇取得促進を目的とした「イクメンプロジェクト」なるものを始動させたというから驚いた。

 

「イケメン」を輩出した『egg』のように、新語や新表現の火付け役となったファッション・ライフスタイル誌の好例に、モテるオヤジの聖書『LEON(レオン)』がある。これは男性誌だが実は私も長年のファンで、「ちょい悪オヤジ」や「楽ジュアリー」などのウィットに富む表現が小粋で好きだ。そして、浸透率の高いカタカナベースの造語を数多く生み出した雑誌と言えば、そう、またあの『VERY(ヴェリイ)』ではないだろうか。創刊20周年を超え、全女性ファッション誌の中で売り上げ1位という有力誌だが、私が初めてこの雑誌の存在を知ったのは、実は今年の1月に里帰りしたときのことであった。ファッション関係の翻訳案件がよく入ってくるようになったため、ボキャブラリーや表現のベンチマークとして日本のファッション・ライフスタイル誌を数冊入手しようと本屋で物色していたときに店員さんに勧められて購入した。自分に近い世代が読者層なので実生活の参考になる内容もあるだろうとページをめくっていくと、「ママ的」や「ママ可愛い派」、「モールカジュアル」、「鉄板スタイル」、「イケダン」などの、浦島太郎の私にはまったく目新しい表現がいくつもあった。後に電子版を定期購読するようになり、毎号のように今まで聞いたこともなかった新語・新表現に遭遇している。「園ママ」、「袖コン」、「ゆるホワイト」、「綿達ママ」、「化繊妻」などなど。たいていの場合はなんとなく意味が分かるのだが、まったく理解できず、推測することさえできずに定義をググりまくったVERY用語がある。

 

それは、「リーマム」であった。

 

続く

魔法の絵本⑤

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注:これは、この記事を投稿した2日後に実家から届いた日本語版の写真

 

超話題のベストセラー『The Rabbit Who Wants to Fall Asleep』は、24時間で魔力を失ってしまった。それどころか、娘はこの本に対して憎悪さえ抱くようになってしまったようで、本にパンチを食らわせている。前夜のあの驚異的な効果は夢にすぎなかったのか。たった1度の実験で衝動的に日本語版とその姉妹版を注文してしまったのは、迂闊すぎる行為だったのだろうか。落胆と動揺を隠しきれない私をよそに、夫は「You are right! I don’t like it either!」と言って娘をなだめると、『The Rabbit Who Wants to Fall Asleep』を放り投げ、別の英語の本を読み始めた。

 

その夜は結局、別の英語の本2冊と日本語の本1冊でやっと娘は寝入った。所要時間は40分ぐらいだったのではないだろうか。夫が投げ出した『The Rabbit Who Wants to Fall Asleep』を拾い上げて呆然と見つめていると、夫がこの本の批判を延々と述べ始めた。この本は子供だましの催眠術で、読み手と聞き手をバカにしている。ストーリーの中に娘の名前を登場させるたびに、懐疑心と嫌悪感が込み上げた。無理やり寝つかせようという意図が見え見え。すこぶる賢い娘(親バカ)には、そんなちんけなトリックは効かない。昨晩はお昼寝をしていなかったうえにたくさん運動したから疲れ果てていただけで、決してこの本が効力を発揮したわけではない、と熱弁をふるって私の手からロジャーを取り上げると、他の絵本の山の下に押し込んだ。夫同様に親バカ丸出しの私は、我が娘が利発すぎてこの本のしかけをすぐに見抜いてしまい、子供だましのストーリーに自尊心を傷つけられて怒ったのだという夫の分析に納得し、落胆を満足に転換することにした。

 

しかし、日本語版と姉妹版まで衝動買いしてしまった「魔法の絵本」だが、1度きりでお役目御免なのだろうか。アマゾンのカスタマーレビューは英語版も日本語版もポジティブなものばかりと思っていたが、よくよく見ると、夫と似たような批判的なコメントも2~3件あった。「無理やり寝かせるだけの本って感じで、絵本の良さゼロ」という厳しい意見もある。だが、買ってしまった以上、使わずに埃に埋もれさせるのはもったいない。特に、まだ効果を試していない日本語版はそうだ。『おやすみ、ロジャー』は表紙を見せただけで娘に拒否反応を起こされそうだが、まだ存在を知らない『おやすみ、エレン』なら、単なる「新しいオカアサンの本」として受け入れてくれるかもしれない。日本から届いたら、とりあえず『おやすみ、ロジャー』はしばらく隠しておいて、『おやすみ、エレン』で実験してみよう。こっちの方がイラストもずっと可愛いし、日本語だから題で『The Rabbit Who Wants to Fall Asleep』のシリーズ本だとバレることはないだろう。

 

こうして自分の衝動的な投資を正当化させるべく、様々な挽回策を頭の中で練り始める私であった。