けりかの草子

ヨーロッパ在住歴24年、現在英国在住のバツイチ中年女がしたためる、語学、社会問題、子育て、自己発見、飲み食いレポートなど、よろずテーマの書きなぐり。

古人の戒め〜その②

そしてその日の夜、招かざるコメントを避けるため、夫と娘がテレビに夢中になっている間にこっそりと2階のバスルームでバレイヤージュ染毛料の塗布にとりかかった。染毛料と書いてしまったが、バレイヤージュでは髪をほうきで掃いたようなスジにブリーチする訳であるから、染毛料ではなく脱色剤と表現すべきだろう。とにかく、DIYバレイヤージュ剤を付属品のブラシに載せ、髪に塗る作業を丁寧に進めていった。

 

ところが、塗り終わってから気づいたのだが、この付属品のブラシは縦向けに持って髪の上を走らせるものであって、横向けにするものではない。しっかりと説明書を見ていたつもりの私であったが、実はなんとブラシを横向けに持って髪に走らせてしまっていた。だから当然のごとく、バレイヤージュ剤が塗布された領域は広くなってしまっている。しかも、頭全体にまんべんなくハイライトの筋を入れようと、ブラシを横向きにしたままあちこちに走らせていた。ということは、ほうきで掃いたようなスジではなく、結局表面の髪のほぼ全体をブリーチしてしまっているのでは?指定されている15分間のウェイティングタイムを、私はそんな不安感に包まれて過ごした。

 

15分後には髪を洗い流して付属の専用トリートメント剤を塗る予定であったのだが、テレビを観ていた娘が2階に上がってきて、透明のビニール手袋を両手にはめて肩に古手ぬぐいをまとった濡れ髪の私を不思議そうに見つめ、「オカアサン、何してんの?」(オカアサン以外は英語)と聞いてきた。その返答に四苦八苦していると夫までが2階にやってきて、娘と声を揃えて私を質問攻めにした。

 

2人に私の行為の意図と動機を説明しているうちに、指定されたウェイティングタイムから10分も過ぎてしまった。これはやりすぎかもと慌てて髪を洗い流し、トリートメントを塗り込んで再び洗い流した。鏡を見ると、髪の付け根のところどころが異様に明るい色になっている。まるでブチ猫のようだ。だが、まだ髪は濡れているので全体的な仕上がりは分からない。なんとか体裁良く仕上がっていることを祈りつつ、髪をドライヤーで乾かした。

 

髪がある程度乾いてから再び鏡を見た私は、思わず叫びそうになった。頭の上半分には、キンキンに脱色した髪の間に5cm幅ぐらいの黒髪の筋がいくつか走っている。まるで虎柄の鬼のパンツだ。そして根毛から10cmぐらいが真鍮色のように他の部分よりも異様に明るい「ブチ」が前頭部の両サイドにある。毛先の方は全体的にドキンキン。そして表面の髪をまくり上げると、下はほぼ黒髪。この仕上がりのムラはなんとも甚だしい。様々な角度から見てみたが、「昭和の田舎のヤンキー」としか描写しようのないスタイルになってしまった。

 

DIY Disaster...

 

続く

 

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虎柄の鬼のパンツか昭和の田舎のヤンキーか...

古人の戒め~その①

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ことわざというのは、古人の長い経験の積み重ねから生まれた知恵と教訓であり、単なる語呂合わせの良い言葉遊びではない。小中学校で暗記させられて今でもいくつか覚えているが、やはり四半世紀も海外で暮らしていると、昔のようにすっと出てこないことわざが多くなってしまった。

 

だが、ことわざのようなものは他の文化にも存在し、英語やフランス語のことわざや金言・格言にも、日本のそれらと基本的に同じフィロソフィーであるものが数多く存在する。これは、言葉や文化、習慣が違っても、人間というものは根本的には同じ思考回路を持つ生き物だという証拠ではないだろうか。

 

例えば、日本語の「失敗は成功のもと」は英語の「Failure teaches success」とまったく同じ概念だ。直訳すれば「失敗が成功を教える」となるが、両者とも失敗から学んでこそ成功を切り拓くことができるという教えの言葉である。また、英語の「When in Rome, do as Romans do」と仏語の「A Rome, fais comme les Romains」はいずれも直訳すれば「ローマにおいてはローマ人のようになせ」という意味で、つまりは日本語の「郷に入っては郷に従え」なのだ。「ローマ」の方が「郷」よりも世界観のスケールが広く感じられるが、主張していることは結局同じだ。

 

誰でも、生きている間にことわざの教訓を身をもって体験することが何度かあるだろう。そのたびに、単に表現を暗記するだけでなく、きちんとその戒めを頭に叩き込んでおくべきだったと後悔する。私にとって、そのようなことわざの代表例が、「安物買いの銭失い」である。

 

安物の製品を買ったがすぐ壊れてしまったり役に立たなかったりで、結局高めの新しいものを買い直す羽目になったというエピソードは、多くの人にとって身に覚えのある事ではないだろうか。私の場合、このことわざの戒めをしかと心得ているつもりであるのに、それに反する行為に走っては何度も痛い目にあっているから、学習能力のないよほどのアホ(関西出身なんで)なのかも知れない。

 

実はつい最近、ブリトニー・スピアーズの昔(2000年)のヒット曲『Oops!... I Did It Again』ではないが、またやってしまった。しかも今回はかなり派手にやってのけてしまった。

 

数週間前、何を思い立ったか突然髪の毛にハイライトを入れたくなった。単なるハイライトではなく、フランス語で「ほうきで掃く」を意味する「balayage(バレイヤージュ)」という髪のヘアカラーリングスタイルに惹かれていた。その名のごとく、髪の表面をほうきで掃くようにカラーのハケを使ってスジを付け、自然なハイライトを入れるテクニックだ。日本でも「外国人セレブ風」とかなんとかいうふれ込みで人気があるようだが、私は決して外国人セレブを目指していたわけではない。単色はつまらないし、ボリュームのない私の髪に立体感が出ていい感じになるのでは?と考えたのだ。

 

そこで、近所のヘアサロン数軒の料金をチェックしてみた。どこも「very long」に分類される私の髪の長さではかなり割高で、安めのところでも基本料金が80英ポンド(約12000円)だった。これに髪の毛のダメージを抑えるためのトリートメント料金やブローなどが加算されて、最終的には120ポンド(18000円程度)をゆうに超えてしまうだろう。バレイヤージュ料金の日本での相場は知らないが、「これは高い!」とおののいてしまった。

 

たかが髪の毛に120英ポンドもかけるのはもったいない。他にもっと有意義な出費対象があるはずだ。半年ぐらい前から、ネイルケアもサロンでやってもらうのを止めてDIYしている。ケチと思われるかも知れないが、それで「浮いた」お金は別の楽しみに当てている。120ポンドだったらあれが買える、これができる、その分をあっちに回した方が有意義だ、などと考えを巡らせたものの、バレイヤージュスタイルを完全にあきらめることはできなかった。

 

単色染めDIYキットなら、ロレアルやシュワルツコフ、ウエラなどの日本でも知名度のあるメーカーの商品が普通のスーパーで手に入る。では、「バレイヤージュDIYキット」なるものは果たして存在するのだろうか。ググり屋の私は早速iPadで検索してみることにした。すると、ロレアルが出している「Colorista」というDIY毛染めキットシリーズにバレイヤージュキットがあるではないか!しかもお値段は、英国のドラッグストア大手Bootsのオンラインショップで7英ポンド99ペンス(約1200円)。このキットのパッケージに載っているモデルの髪のバレシャージュ具合は、まさに私が目指すものだった。これは素晴らしい!さらに、このドラッグストアのポイントカードのポイントを利用すれば、タダで手に入る。配送先を近所のBoots支店にすれば、送料もかからない。実に素晴らしい!夢のような話に驚喜した私は、数分後にはネット注文を完了させていた。

 

続く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夫婦間の主従関係

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私は他人に自分の夫の話をするとき、主義として「主人」という表現は絶対に使わないようにしている。くだらないこだわりかもしれないが、私にとってこの「主人」という言葉は夫婦間の主従関係を象徴するものであり、男性上位を認める表現であるため、どうしても強い抵抗感を抱いてしまう。私の夫は伴侶であり、人生のパートナーであっても、決して私の主人ではない。すなわち、私は彼の「下僕」や「召使い」ではない。だからといって我が家が「かかあ天下」だというわけでもない。私たち2人の間にあるのは縦(上下)の関係ではなく、平等な横のつながりだと自負している。

 

今の社会では、この「主人」という呼称は慣習的に使われているだけで、昔のような主従関係・男性上位の意味合いはないのかも知れないが、それでも私は使うことを拒否している。その理由を英国人やフランス人の友人・知人に説明すると、たいていの場合皆が納得してくれる。私の夫自身も私のこの主義を全面的に支持してくれている。

 

それでは日本人との会話で夫のことを何と呼んでいるのかというと、親しい人や夫と面識のある人に対しては夫のファーストネーム、初対面の人や知り合い程度の関係の人の場合は「夫」というパターンが基本だ。だが、他人の夫のことをどう表現するかとなると、これがなかなか厄介な問題だ。一般的な「ご主人」は自分の掲げる主義に反する。だが、「夫さん」などという表現はおかしい。「旦那さん」も主従関係を示す言葉であるから使いたくないのだが、だからといって適切な表現が思い浮かばない。当人のファーストネームを知っている場合はそれを使うことができるが、結局のところ、なんだかんだとケチをつけておきながら「ご主人」を使っていることが多い。

 

だが、日本でこの「主人」という言葉が「夫」の呼称として使われるようになったのは、実はそれほど遠い昔のことではないらしい。2年前に書かれた面白い記事を発見したのでご紹介しよう:

主人、旦那、奥さん、家内……という呼び方、共働き時代には違和感 | DRESS [ドレス]

この記事を読んでいると、夫を「主人」や「旦那」と呼ぶことに対する違和感や拒否感は高まっているようで勇気づけられる。だがやはり、他人の夫を何と呼ぶかは微妙なところだ。

 

その点、英語や仏語は実に楽だ。英語では一般的に「husband」、仏語では「mari」で、日本語の「主人」にあたる「master」や「maître」が夫を示す言葉として使われることはない。最近ではどのカップルも婚姻関係にあるというわけではないので、英語では「partner」という表現(仏語では「ボーイフレンド」にあたる「petit ami」または「ami」が無難)を使うことが多くなってきたが、ここでは「夫」のケースに絞る。英語の「husband」や仏語の「mari」は日本語の「主人」のように明示的に主従関係を示す言葉ではないが、果たしてその背景には本当に主従関係が存在しないのだろうか。気になったので、例の如くそれぞれの語源をググってみた。

 

まず英語の「husband」だが、複数のウェブサイトの説明によると、その語源はどうやら古ノルド語(古ノルド語 - Wikipedia)で「男性の世帯主」や「家の主人」にあたる「husbonda」らしい。それが13世紀後半になって、古英語で「結婚している男性」を意味する「wer」という言葉の代わりに使われるようになったということだ。つまり、英語の「husband」の背景にも主従関係があったのだ。それにしても、単なる「結婚している男性」を意味していた古英語の「wer」がなぜゆえに主従関係を秘めた古ノルド語を語源とする「husband」に取って代わられてしまったのだろうか。しかし、その語源を知っている英語のネイティブスピーカーはほぼいないであろうし、日本語の「主人」と異なり、言葉そのものが誰にも明確にわかる主従関係の象徴というわけでもない。

 

一方、仏語の「mari」の方は、残念ながらオンライン検索ではそれなりに納得のいく説明を見つけることができなかった。ただ、仏語で「結婚する」は「se marier」であるから、そこから来ているのだろうかと勝手に憶測をめぐらせている。機会があったらフランスの友人たちに質問してみようと思うが、どうやら仏語のこの言葉に主従関係の意味合いはなさそうだ。さすがは「自由」「平等」「博愛」を国のモットーに掲げるおフランス!Vive La France!!! 

 

しかし、仏語で「妻」は「femme」が一般的であるが、この「femme」という単語は「女性」「女」という意味でもある。つまり、「私の妻」にあたる「ma femme」は、「俺の女」とも訳せるのだ。これはあまりにもマッチョすぎて、ロマンチックな恋の国おフランスのイメージからかけ離れているではないか!との声があがりそうだ。ただ、フランスで15年近く暮らした経験とフランス人を前夫に持つ私に言わせると、「フランス人男性=ロマンチック」というのは伝説にすぎない。現実は「十人十色」だ。

 

それでも、仏語で「夫」を意味する言葉に男性上位の概念はない。くだけた仏語では、自分の夫や彼氏のことを「mon homme」や「mon mec」と呼ぶことがよくある。これらは「ma femme」の直接的な対義語で、直訳すれば「私の男」と言う意味だ。やはりフランスは「自由」「平等」「博愛」の国。

 

Vive La France! 🇫🇷🥖🥐🍷🍾🐓

 

 

 

 

 

 

 

 

嘘の色合い

大胆なSMエロシーンを大スターの2世女優が体を張って演じたことで話題を呼んだ映画『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』(日本公開2015年2月15日)。英国人作家E・L・ジェイムズによる同名の原作小説は、日本では早川書房から翻訳版が出ているらしい。小説でも映画でも英語の原題『Fifty Shades of Grey』をカタカナ表記しただけの邦題だが、敢えて和訳すると、『灰色の50の色合い』といったところ。原題は、主要登場人物の姓であるGrey(グレイ)と色のgrey(グレイ/灰色、ただし英国英語の綴り。米国英語ではgray)をかけあわせたなかなか巧みなものなのだが、それをカタカナ表記しただけの邦題で、そこに込められた意味合いが日本人にどれほど伝わるのだろうかと疑問に思う。

 

だが、この投稿の本題はこの映画のレビューではない。

 

先日、夫とテレビでこの映画を観ていたときに、何故かタイトルから英語の「white lie」という表現を思い出した。逐語訳すれば「白い嘘」。これだけでもきっと、多くの日本人がその意味を憶測することができるのではないだろうか。

 

「white lie」とは、「罪のない嘘」のことだ。多くの文化で純粋無垢を象徴する色とされる白。だから「白い嘘」は罪のない嘘ということなのだろう。オックスフォード英英辞典オンライン版で「white lie」の定義を調べると、「A harmless or trivial lie, especially one told to avoid hurting someone's feelings」とされている。つまり、「害のない、ささいな嘘で、特に相手の気持ちを傷付けないようにつく嘘」ということだ。これは、日本語表現の「罪のない嘘」に対するWeblio辞書の定義とほぼ同じである。ここでは、「相手を傷付けまいとする善意から敢えてつく嘘、誰かを貶めるためではなくむしろ誰も貶められないようにという気持ちでつく嘘などを示す語」とされている。

 

日本語の表現が「罪のない」と単刀直入であるのに対し、英語の表現が色を使っているところが興味深い。「罪のない嘘」という言い回しにもっと近い「harmless lie(害のない嘘)」という言い方もあるが、「white lie」の方がよく耳にする。フランス語でも同じように、「白い嘘」という意味の「mensonge blanc」という表現が使われている。

 

では、嘘には他の色もあるのだろうか。気になったのでググってみると、『Four Colors of lies』というタイトルを掲げたウェブぺージが出てきた。『嘘の4つの色』という意味だが、英語の「色」の複数形にあたる「colors」の綴りから判断して、英国のサイトではない(英国英語では「色」は「colour」)。

 

このサイトの定義によると、嘘には4タイプあり、それぞれを色で分類する。まずは先述の「white lie」。その定義はオックスフォード英英辞典オンライン版のものと同じで、要するに「罪のない嘘」だ。そしてその次が「grey lie(灰色の嘘)注:このサイトでは米国英語でgray lieと表記されている」。このサイトによれば、私たちの嘘の大半はこの「grey lie」の類に陥るそうで(だがそれは『性善説』に基づく見解だろう)、相手を傷付けまい、救ってあげたいという気持ちがあるのだが、結局はその逆効果を及ぼしてしまうものということだ。しかも、その動機となっている善意と結果の害のバランスのレベルによって、『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』ではないが、灰色の色合いが変わってくるとか。

 

その次が「black lie(黒い嘘)」。色のイメージから、陰気でドロドロした嘘を連想してしまうかもしれないが、このサイトの定義では、無神経で自己中心的な嘘とされている。自分の身を守るためのその場しのぎの嘘や、状況が自分に有利になるようにするための嘘で、結果として他人に害を及ぼすことが多い。「冷笑的な」という意味合いで使われている「black humour (ブラックユーモア)」の黒とは微妙に違う。

 

そして嘘の4つ目の色は赤、すなわち「red lie(赤い嘘)」である。このサイトによると、「red lie(赤い嘘)」とは最もたちの悪いもので、悪意に満ちた、復讐目的の嘘だということだ。ここでは、赤が怒りのイメージや血の色であることから、こういった恐ろしい性質の嘘の色になっているようだが、赤が幸福の象徴であったり縁起の良い色とされている文化では、眉をひそめたくなる定義であろう。

 

「真っ赤な嘘」という表現があるように、赤は日本語でも嘘に使われている色だ。ただし、この「真っ赤な嘘」には、上記のような恐ろしい憎悪に満ちた嘘という意味合いはないはず。オンライン語源由来辞典で調べてみると、「この語が『赤色』である理由は、『赤』は『明らか』と同源で『全く』『すっかり』などの意味があるためで、『赤の他人』などの『赤』も同様である。『真っ赤』は、『赤(明らかであること)』を強調した表現となっている」と記されている。

 

罪のない「white lie」は私も数え切れないほどついている。だが、いくら善意からといっても、嘘は嘘だ。何色であれ嘘は嘘。そして確かに、「white lie」が純粋な「white lie」のままでまかり通ることは少なく、最終的にはかなり濃いめの灰色になってしまったこともある。また、最初の嘘をカバーするためにさらなる嘘が必要となり、後戻りのできない状況に陥ってしまうこともあり得る。

 

だからできるだけ「white lie」も避けるように心がけているが、かといって馬鹿正直を徹底させると、やはり相手の気持ちを害してしまうことの方が多いのではないだろうか。

 

例えば、親しい人物から手料理のディナーパーティーに招待されたとしよう。その人物の料理の腕前はかなり怪しく、出されたものがあまりにも不味かった場合はどうすべきか。相手が心を込めて作ってくれただろうことを念頭に、「white lie」で「美味しい」とほめて無理しながら食べるのか、正直に「不味い」と宣告するのか。後者のオプションを実行する勇気(?)のある人はそういないだろう。「美味しいけれど、私は小食なんで。。。」などと誤魔化してあまり手を付けずに残すのが良策だろうか。だが、こういう場合、相手がよほどの鈍感でない限り、「white lie」が「grey lie」となってしまうのがオチだろう。

 

今度は、知り合いの女性に新しいヘアスタイルに対する意見を求められたとする。どこから見ても似合っているとは言えない場合、相手にはっきりそれを言ってのけることができるだろうか。特にそれが、数カ月間髪を伸ばさないと収拾がつかない奇抜なショートカットだった場合、正直な意見を言ってしまえば、その人を数カ月もの間嘆きの底へ追いやってしまうことになりかねない。心置き無い、よほどの親しい仲なら、率直な意見を突き付けることもできるかもしれないが、それでもやはり「ヘアバンドやバンダナでアクセントをつけてみたら?」とか「ここをジェルでこうスタイリングしたら、もっとオシャレに見えるかも」など、できるだけポジティブなアドバイスをプラスして和らげるべきかもしれない。

 

我が家では、「嘘はいけない。常に正直でありなさい」と常日頃から娘に教え込んでいる。だが、そんなことを言っている親の私たちが娘に「white lie」をついていることがある。さらによく考えてみると、自分たちにとって都合がよくなるように嘘をつくこともあるから、これはその実「black lie」に限りなく近い「dark grey lie」ではないだろうか。

 

「1年中ずっといい子にしていたら、クリスマスにサンタさんがプレゼントを届けてくれる」と子供に信じ込ませるのは何色の嘘だろうか。子供に夢を持たせるという善意が動機なのだから「white lie」であるはずだが、子供が真実を知ったとき、その子供の感受性のレベルによっては、「フィフティ・シェイズ・オブ・ホワイト(白の50の色合い)」の中で収まらず、暗みがかった灰色になってしまうことも考えられる。

 

サンタクロースの話は完全な嘘だからと、自分たちの子供には物心ついた頃から真実(つまり、サンタなど存在せず、クリスマスプレゼントは身内がくれるもの)を突き通しているという家庭の話を知人から聞いたことがある。他人の家庭のポリシーに口出しするつもりはないが、そういう家庭の子供が自分の子供のクラスメイトだったりすると、せっかくの子供の夢を壊されてしまうかもしれない、というか、親の嘘を暴露されてしまうかもしれず、迷惑だ。

 

私自身も子供の頃によく両親から「嘘は絶対についてはいけない」と言われていた。子供の嘘のほとんどは、その場しのぎの自己保身や、状況を自分に有利にするための自己中心的な「black lie」であろう。だから「嘘は絶対にいけない」と教え込まれるわけだが、成長していくにつれて自分を取り巻く人間関係が複雑化し、円満な関係を求めて本能的に「white lie」を習得していくのだろうか。

 

人間、生きている限り、嘘を避けて通ることはほぼ不可能だろう。一生の間に様々な色合いの嘘を使ってしまうのだろうが、赤だけはなんとか無縁でありたいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

失われた櫃

 

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オランダのアムステルダム国立美術館(Rijksmuseum)に、17世紀の日本製漆器の大きな櫃が展示されている。その側面には、「源氏物語」のいくつかの場面が蒔絵で見事に描かれている。これは、1640年頃にオランダ東インド会社の日本支部長(役職名は私訳)が徳川将軍家のお抱え蒔絵師であった幸阿弥長重(こうあみながしげ)に京都で造らせたものと考えられている『マザラン・チェスト』のひとつなのだ。

 

オランダ東インド会社が造らせた櫃は4個あったらしいが、そのうちの2個は1658年にフランスの宰相であったマザラン枢機卿に買い取られた。そのため『マザラン・チェスト』として知られるようになったということだ。これらの櫃は後にブイヨン公爵家の手に渡り、1800年には英国の詩人ウィリアム・ベックフォードの所有となった。そして1882年には、ベックフォードの娘の嫁ぎ先であったハミルトン公爵家の邸宅所蔵品の競売に出展された。ロンドンにあるヴィクトリア・アンド・アルバート博物館が2個の櫃のうちの小さい方を購入し、大きい方は美術品収集家のトレバー・ローレンス卿の手に渡った。それが後にウェールズ炭鉱のオーナーであったクリフォード・コーリーの所有となったのだが、彼が1941年に死去した後、ロンドン空襲の混乱の中で行方が分からなくなっていた。

 

(ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館が所蔵する『マザラン・チェスト』の情報はこちら:

History of the Mazarin Chest - Victoria and Albert Museum

 

それが2013年の6月にフランスのロワール地方で開催された競売に出品され、731万ユーロ(約9億9000万円)という記録的な巨額で落札された。落札したのは先述のアムステルダム国立美術館

Rijksmuseum acquires VOC treasure: a 17th-century Japanese lacquered chest - Press releases - Press - Rijksmuseum。そして売り手だったのはなんと、私のフランス某自動車会社広報部時代の上司で今でも親しい友人である女性だ。

 

彼女からこの話を聞いたのは2013年の9月のこと。夫の仕事に同行してフランスのベルサイユに滞在中、近くに住む彼女と久しぶりに食事をしたときのことだった。

 

石油大手シェルの重役だった彼女の父親は1970年代にロンドン駐在員となり、一家揃ってサウスケンジントンに移り住んだ。私の友人は、この櫃が父親の所有品となった成り行きをよく覚えていると言っていた。当時一家が借りていたアパートにこの櫃は家具として無造作に置かれていたそうだ。それを気に入った彼女の父親が大家さんに買い取りたいと申し出たところ、大家さんはタダで譲ると言ってきた。しかし、こんな立派な品をタダでもらい受けるわけにはいかないと、彼女の父親は最終的に100英ポンドで買い取った。当時の100ポンドを現在の価値に換算するとおよそ1250ポンド。これは日本円の約20万円に相当する。こうして、この『マザラン・チェスト』は私の友人が少女時代を過ごしたロンドンのアパートで長年テレビ台として使われ、一家がロンドンを引き上げてフランスに戻ってからは、彼女の両親の邸宅でバーテーブルとなっていたそうだ。とても素晴らしい日本のアンティーク品だと評価はしていたが、それほどまでに歴史と価値のある名品だとは一家の誰も夢にも思っていなかったという。

 

彼女の父親が亡くなったとき、私は確かまだフランスに住んでいた。彼女の両親はおしどり夫婦で、2人の出会いは大河ドラマのワンシーンになりそうな壮大なストーリーだったそうだ。シェルの技術者だった彼女の父親は、独立戦争前夜の仏領インドシナベトナム独立連盟に捉えられて投獄されていた。その彼を見舞うため、会社が差し入れを持たせて定期的に送り込んでいたのが、彼女のオランダ人の母親だったという。彼(私の友人の父親)が亡くなった直後、最愛の伴侶を失ったショックからか、彼女(私の友人)の母親はアルツハイマー認知症を発症した。母親の世話がかなり大変であるという話を何度か彼女から聞いたのを覚えている。

 

その母親も特別介護施設に入り、両親の家を売ることにしたため、家財を処分するためにある競売会社に査定を依頼した。彼女たちが「Le coffre à Papa(パパの収納箱)」と呼んでいたこの「バーテーブル」の真の価値が明らかになったのは、そのときのことだった。すぐ後に競売会社から連絡を受けたヴィクトリア・アンド・アルバート博物館が鑑定にやって来て、これが『失われたマザラン・チェスト』であることが判明した。こうして彼女の父親のバーテーブルはフランスで競売に出品され、最初の推定価値額(20万ユーロ/約2800万円)をはるかに超える731万ユーロ(約9億9000万円)でアムステルダム国立美術館の手に渡った。

 

「オーナー」であった私の友人はもちろん競売に出席したが、彼女の親しい友人で私の恩師でもある人物2人も同席した。彼らの話によると、日本のある美術館(私が名前を忘れてしまった)も入札に参加していたのだが、途中で脱落したそうだ。ルーブル美術館に勤めるある友人の話では、パリのギメ東洋美術館も入札に参加していたのだが資金不足でギブアップしたそうだ。もうひとつの『マザラン・チェスト』を所蔵するヴィクトリア・アンド・アルバート博物館は70年以上もの間この櫃を探し続けていたのだが、アムステルダム国立美術館に「競り負けた」ということだ。

 

この『マザラン・チェスト』の起源である日本がその「里帰り」を実現させることができなかったのは残念なことだが、最初の所有国であったオランダに「帰国」したことになる。勝手な思い入れかもしれないが、最後のオーナー(私の友人)は、最初の所有国(オランダ)と2番目の所有国(フランス)の血を引く人物で、その元部下兼友人(つまり私)が起源国の出身者であると同時に著名なオーナーの1人(ハミルトン公爵)の国(スコットランド)の出身者(我が夫)を配偶者に持つという事実に、神秘的な『歴史と運命の輪』を感じてしまう。

 

このような話はニュースなどで見聞きすることはあっても、身近で実際に起こるなど想像もしていなかった。『マザラン・チェスト』を売って得たお金は、競売会社の手数料や税金などを差し引いた後に弟と平等に「山分け」したそうだ。私の友人はこの後、長年住んでいたベルサイユに家を買い、大掛かりな改装をして素敵な住居を築き上げた。まさに夢のような、信じらないけれど本当の話。

 

このような話がいつか自分に起ることを夢見る人たちは数多くいるだろう。英国BBCの人気長寿番組のひとつに「アンティーク・ロードショー」(1977年~)というものがある。英国内の歴史ある屋敷やお城、庭園を会場に、一般人が骨董品を持ちこみ、番組パネルの骨董品鑑定人に鑑定してもらうというものだ。たまにかなりの価値があるものが見つかることもある。この番組で発見されたお宝のうち現在までで最も価値が高いものは、英国の彫刻家アントニー・ゴームリー作「Angel of the North(北の天使)」のモデル像で、2015年10月の番組撮影中に約100万英ポンドと鑑定された。それを所有していたのはあるスポーツ団体だそうだ。

 

我が夫の亡き父親もこのよう話を夢見ていた人物の1人だった。骨董品店を経営していた自分の従兄が亡くなったとき、彼は店の在庫をほぼすべて引き取った。従兄はかなり良い商売をしていたので、きっと「素晴らしい掘り出し物」があるに違いないと信じていたようだが、夫の話では店に残っていたのはほぼガラクタに近い無価値なものばかりだったそうだ。おかげで夫が育った家の屋根部屋とガレージは、「役に立たないクズ」(夫談)であふれかえっていた。数年前に夫の母親が亡くなり、この家を売ることになったとき、家財を処分する作業を私も手伝った。私はこの「骨董品店の在庫品」の山に興味津々であったが、やはりあの友人のような幸運には恵まれず、ゴミとクズに埋もれただけであった。

 

それでも「もしかしたら...」という期待を捨てきれなかった私は、屋根裏部屋で見つけた大きな古い聖書を引き取ることにした。縦33cmx横26cmx厚み10cmのかなり重い本で、なかなか立派なエンボス加工が施されたレザーの表紙に金色の留め金が2つ付いている。そして各ページの3辺には金箔が施されている。だが中世時代の代物ではなく、活字印刷された明らかに近代のものだ。出版年が見当たらないが、内容は1778年にスコットランドプレスビテリアン(長老派教会)のジョン・ブラウン牧師が私訳した解説付き聖書のようだ。気になるのでググってみたところ、スペインのあるアンティーク本のオークションウェブサイトに非常によく似た外観のブラウン牧師私訳聖書が出品されているのを見つけた。掲載されている写真から判断すると、我が家のものよりかなり傷んでいるようだ。この本も出版年は明らかでないが、このオークションサイトに表示されている価格は46ユーロ(約6200円)。我が家のものはほとんど傷みのない非常に良好な状態にあるため、もっと価値があるかもしれない。

 

もしかしたらこの本は、現在4歳の娘が中年になった頃にBBCの「アンティーク・ロードショー」に持って行って鑑定してもらえば、番組史上の記録を塗り替える価値を備えたお宝であることが判明するかもしれない。そして、サザビーズかクリスティーズの競売に出品され、どこかの美術館に巨額で落札されるかもしれない。

 

そんなむなしい期待をいつまでも捨てきれないでいる私であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冬の必需アイテム

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英国の冬は寒い。もちろん、ロシアやアラスカ、カナダなどの冬と比較すると、「戯け事を申すな!」のレベルであろうが、ここ数日の最高気温は1~2℃程度。2日前には雪が積もり、今朝は辺り一面が凍てついた『ナルニア国物語/第1章:ライオンと魔女』(日本公開2006年3月)の世界であった。普段は暑がりで、一般人が「寒いっ!」と震えるような天候でも薄着で腕まくりするような娘でさえ、通学途中に手が凍えて痛いと訴え、手袋をはめるくらいであった。

 

自宅内はガスボイラーによるセントラルヒーティング(?)のおかげで、暖房を入れればどの部屋も居心地のよい気温になる。しかし今年はガス料金が超大幅値上げとなったため、裕福層ではない我が家では日中は暖房がオフになるようにタイマーを設定し、よほどのことがない限りそのまま夕方まで我慢している。朝10時頃に暖房がオフになって30分ぐらい経過すると、室内でもやはりグッと冷え込む。これは自宅勤めの私にとって、なかなかつらい試練だ。

 

だから、冬の防寒対策はしっかり取り組まねばならない。ここ数年私の冬の必需アイテムになっているのは、ユニクロヒートテック肌着だ。特に、前回の里帰り中に発見した極暖ヒートテックと超極暖ヒートテックの長袖インナーはこの時期非常に重宝する。幸い、英国でもユニクロは人気が高く、実店舗の数もかなり増えた。ただ、私にとって最寄りのユニクロ店舗所在地はロンドンであり、アスコットの田舎から電車で片道1時間半近くかかる。仕事の打ち合わせなどでロンドンに出向くときはほぼ欠かさず立ち寄っているが、一番お世話になっているのはやはりオンラインストアだ。

 

しかもユニクロは、我が娘の学校の保護者会が加盟している資金を募るためのオンラインショッピングプログラムに参加しており、このプログラムのサイトを通してショッピングすると、ユニクロの場合だと支払った金額の0.5%を娘の学校に寄付してくれる。嬉しいことに、アマゾンUKや私がよく利用する他のブランドやストアも参加しており、支払額の3.5%も寄付してくれるストアさえある。だから、私のスマホにもタブレットにも、このプログラムのアプリがしっかりインストールされている。オンライン衝動買い常習犯の私には非常にありがたくもあり(罪悪感を和らげてくれる)、危険でもある(病みつきになりそう)プログラムだ。

 

話を防寒対策に戻すと、フランス時代は、日本でもかなり知名度のあるダマールのサーモラクティルインナーをよく着用していた時期もあった。確かに超あったか肌着で、あの亡きダイアナ妃も愛用していたそうだが、どうも『おばシャツ』系のデザインばかりなので、タートルネックセーターなど、下にダマールを着ていることが絶対にバレないようなトップスやニットと合わせなけらばならなかった。それに対してユニクロヒートテックインナーは、Vネックのニットやカーデガンからのぞかせてもまったく恥ずかしくない。最近では、ユニクロだけでなく、英国の少しアップマーケットなスーパー(と百貨店の中間のような)のマークス・アンド・スペンサーズも、「Thermal(サーマル)」や「Heatgen™(ヒートジェン™)」などのあったかインナーを出している。あったか度ではヒートテックにやや劣るかもしれないが、色のオプションはユニクロのものより若々しいと思う。私は、ちょっとした夜のお出かけやディナーパーティーでカーデガンやジャケットの下に着用して堂々と「見せる」ことができる、ラメ入りインナーの黒と赤のものを持っている。赤はクリスマスシーズンに理想的だ。

 

この記事はユニクロの宣伝を意図したものではないのだが、冬の必需アイテムとなるとどうしてもこのメーカーの製品を言及しないわけにはいかない。今年の冬はついに、『暖パン』デビューしてしまった。裏ボアスウェットパンツに加え、先日ビジネスランチでロンドンに出向いたときに立ち寄った店舗で、ブロックテックフリースストレートパンツが15英ポンド(約2300円)も値下げされているのを見つけ、すかさず購入した。欲しかった黒のものはサイズがXSしかなく、一瞬とまどったが思い切って試着せずに買った。英国のサイズは日本のサイズより大きめで、日本のSは絶対無理な私でも英国のSならちょうどいい。さすがにXSは冒険的すぎるかと思ったが、帰宅して試着してみるとピッタリだった。これには、「あら、痩せたのかしら!」という嬉しい驚きと、超あったかい下半身の喜びという、幸せの一石二鳥を味わうことができた。

 

ロンドンでも雪がちらつく寒い天候だったその日の私の装束は、ほぼユニクロ尽くし。リブニットの黒いタートルネックセーターと、それにマッチするこれまた黒のリブニットロングスカート。そしてその下は、ヒートテックのクルーネック長袖インナー。さらにその下(つまり下着)も上下ともにユニクロ。手元は黒い合成皮革のキルティング手袋(裏地はヒートテックフリース)。すべて英国ユニクロオンラインストアで購入したものだ。バッグとコートとタイツ、ベルトとアンクルブーツ以外はすべてユニクロものであった。コートも黒というお葬式装束もどきであったが、バッグと太めのベルトは赤で、差し色にしていた。スカートの下に穿いていた黒タイツはオーストリアの某高級タイツメーカーのもので、そこそこの高給取りだったフランスの某自動車メーカー勤務時代に購入したアイテムだ。15年近く前に買ったものなのに現在でもバリバリの現役という事実は、このブランドのクオリティの高さを物語っている。だが、その防寒レベルはこの日の気温に対応できるものではなかった。

 

この日のロンドン遠征の第一目的はビジネスランチであったが、もちろんユニクロの店舗をのぞくことも計画に入っていた。お目当てはヒートテックのタイツ。私が目を付けていた黒のヒートテックタイツは、オンラインストアでは私のサイズが完売。ネイビーも売り切れとなっていた。だからロンドンの実店舗で購入し、ランチに行く前に穿き替えるつもりにしていたのだ。ランチ会場から一番近い店舗はリージェントストリートにある。ユニクロのロンドン旗艦店舗はオックスフォードストリートにあって、ランチ会場から歩いて行ける距離なのだが、ただでさえ人の多いオックスフォードストリートは、クリスマスシーズンでさらに盛り上がっている。いつにも増して喧噪としたオックスフォードストリートを、雪と人ごみにまみれて突き進む気力はなかった。

 

リージェントストリートの店舗に行ってみると、ヒートテックタイツで黒は一番大きいサイズのXLしか残っていなかった。念入りにしぶとくS/Mサイズを探したが、「ねずみ色」としか描写のしようがない「Dark Grey」しかない。やむを得ず、このねずみ色のもの1足買うことにした。ロングスカートだからねずみ色タイツの露出度は低い。ヒートテックのニットタイツなら黒でも私のサイズがあったが、ニットスカートの下にニットタイツではゴワゴワになりそうだ。まあ、他の出で立ちのときに役立つだろうと、これも購入することにした。ユニクロ店舗内にはトイレがなく、試着室は順番待ちが面倒であったため、ランチ会場のトイレでねずみ色のタイツに穿き替えた。確かに、ヒートテックタイツのあったか効果は優れている。特に、暖かい場所から気温の低い屋外に出た後の脚の保温効果の持続性は素晴らしかった。

 

上記のように、先述のブロックテックフリースストレートパンツが超お得なセール価格になっているという嬉しいハプニングに出くわしたのは、ヒートテックのタイツを物色しているときのことであった。このブロックテックフリースストレートパンツは、娘の学校への送り迎えや近所のスーパーへの買い物といった気合いを入れる必要のない外出や、暖房が切れた後の自宅で仕事をするときに最適だ。だが、その防寒効果があまりにも優れているため、暖房が効いている室内ではサウナパンツ化してしまい、脚が汗ばむことが実際に着用してみて判明した。

 

思い起こせば、日本にいた頃は使い捨てカイロも冬の定番アイテムだった。小学生から高校生にかけて、冬には必ずポケットサイズの使い捨てカイロを数個携帯していたと思う。制服のポケットの中で寿命(?)が切れたカイロの「ご遺体」の、硬く冷たい手触りの記憶がよみがえる。英国に留学中だった四半世紀近く前、冬に実家の両親が送ってきてくれた使い捨てカイロを手に握っていた私を見た欧州人の友人たちは、非常に珍しがると同時にその機能性と便利性に大変感心していた。今ではこちらでもゴルフ場やスポーツ店、アウトドア用品店でよく見かけるようになったが、それでもやはり日本でほど普及し愛用されているアイテムではない。

 

「冬の必需アイテム」というわけではないが、冬になると食べたくなるのが鮭の粕汁や豚汁、鍋物だ。鍋物が好きな夫(スコットランド人)は、大阪の私の実家にあるタイガーのホットプレート「じゅうじゅう」に惚れ込んでいる。私の実家のものは、穴あき・波形プレート/平面プレート/たこ焼きプレート(大阪の定番!)まで揃っているデラックス版だ。ヨドバシカメラで購入して英国に持ち帰りたかったのだが、重くてかさ張るうえに電圧が違うため、これまたデカくて重い変圧器が必要になるということで、涙をのんで諦めた。鍋物は、チーズフォンデュ用の土鍋と小型の卓上ホットプレートを使い、こちらで手に入る食材を使ってなんとかそれなりのものを楽しむことができる。だが粕汁となると、中核を成す材料の酒粕はロンドンのジャパンセンターなどの日本食品専門店でも見かけることはほぼ皆無で、日本で直接入手して持ち帰らなければならない。数週間前、夫がビジネスで単身訪日した際、こちらではなかなか手に入らないものを持ち帰るようにお願いしていた。その中には、新鮮な酒粕も含まれていた。

 

ナルニア国物語/第1章:ライオンと魔女』の世界になるほど冷え込んだ今日は、夫が持ち帰った酒粕を使った料理を作って昼食にいただくことにした。

 

本日の我が家の昼食

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① 鮭の粕汁: 

鮭はノルウェー産、大根はロンドンのジャパンセンターで調達(高ぇぞ)、人参は英国産、牛蒡は実家から送ってもらった京都のメーカーの乾燥牛蒡(日本産)、椎茸は英国産、いんげん豆はケニア産、味噌はジャパンセンター自社ブランド白味噌、そして肝の酒粕は新潟で仕入れた絶品。ちなみに出汁は昆布。

 

② 鯖そぼろ :

鯖はスコットランド産、人参、玉ねぎ、椎茸はすべて英国産、醤油はキッコーマンの減塩醤油、みりんはミツカンほんてり、酒はキッコーマン料理酒、そして私の秘密の隠し味は北米産。

 

③ きゅうりの酒粕浅漬け:

英国産のベビーキューカンバー(じゃないと、こちらの一般的なきゅうりは馬鹿でかくて大味)、みりんはミツカンほんてり、醤油はキッコーマン減塩醤油、そして極めつけの新潟産酒粕

 

④ 白ごはん:

新潟魚沼産のコシヒカリ新米🍚🙏🏼

 

国際的な食材を使った和食ランチ@自宅。

これで寒〜い英国の冬も、身体の芯からほっかほか。💗

 

ちなみに、ランチタイムにはすでに自宅内の暖房が切れていたため、ユニクロヒートテックインナーとボアスウェットフルジップパーカ、ブロックテックフリースストレートパンツがさらに身体を温めてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

娘(4歳5カ月児)との対話②

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我が娘は4歳という幼年にしてすでに、かなりのイケメン好きの傾向を見せている。しかも、どうやら金髪碧眼好みのようだ。自分は黒っぽい茶髪に黒い目だから、自分にはないものに惹かれるということなのだろうか。赤ん坊の頃から仲良しの「ボーイフレンド」W君も、プラチナブロンドに透き通るような碧眼のイケメンだ。学校で仲良くしているお友達は女の子が圧倒的に多い(女の子の場合は髪や目の色にこだわりはない)のだが、娘の話にちょこちょこ出てくる男の子のクラスメイトには金髪碧眼のハンサム君が多い。娘本人は金髪のことを「黄色い髪の毛(yellow hair)」と描写している。

 

先月のある日、学校からの帰り道のこと。娘は私と歩いて帰るとき、ひっきりなしにおしゃべりする。父親と一緒のときはもう少しおとなしいようだ。その日の話題はクラスメイトだった。XXちゃんがどうした、YYちゃんと何をした、ZZちゃんのおうちに行きたい、などを機関銃のように途切れることなく報告していた娘が突然、「R君はすっごいハンサムだからだ~い好き!」と言い出した。4歳でこんなマセたことを言うのかと驚いたが、「ハンサムだから好き」というのは人の好き嫌いを決める基準として適切ではないと感じ、諭すことにした。

 

「あのね、ハンサムなだけで男の子を好きって言うのは正しくないよ。ハンサムだってのが一番大切なポイントじゃない。優しくて、思いやりがあって、おもしろくて、かしこくて、嘘つかなくて、自分と気が合う、なんてことのほうが大事です。ハンサムだとか、スポーツ万能だとか、背が高い、足が長い、スタイルがいいだとかは、あくまでもボーナスポイントだよ。まずはその子がどんな性格の子かよく知ってから、好きか嫌いか判断しなさい」と私が言うと、娘は「フンッ!」と言ってそっぽを向いた。4歳児に『男の価値の基準』を教え込むのは早すぎるのかもしれないが、娘には他人を外見だけで判断する人間になって欲しくない。私がさらに男の価値について議論を展開すると、娘は「でも、おとぎ話の王子さまはみんなハンサムでしょ!」と言ってのけた。

 

確かに、昔の時代のものはそうだ。しかも白雪姫なんかは、毒リンゴを食べて息絶え、ハンサムな王子のキスで生き返って、お互いをよく知らないまま(一目ぼれの相手らしいが)すぐさま彼と結婚してしまう。現代の価値観からすると、とんでもなく単純で男尊女卑的なストーリーだ。映画版では『いつか王子様が』という歌を歌いながら、王子が白馬に乗って迎えに来てくれるのを夢見ている。まあ、映画版が公開されたのは1937年だから、その時代背景ではだれもが自然に受け入れるコンセプトだったのかもしれない。だが、現代社会に生きる女は、白馬の王子など存在しないか、とうの昔に絶滅していることを忘れてはならない。そして白馬の王子に幸せにしてもらうのを待つのではなく、幸せは自分の力で切り拓くものなのだ。その過程で自分と価値観を共にし、お互いを心から理解し合える相手(男性とは限らない)に巡り合えることができれば素晴らしい。そのようなことを4歳児にどう教示すればいいのだろうかと考え込んでいると、娘は機転を利かせて話題を変えた。

 

その数日後のこと。また下校道中ひっきりなしにおしゃべりしていた娘のその日の話題は、「私が主人公のおとぎ話」だった。自分は当然のことながらプリンセス。そして「ボーイフレンド」のW君がプリンス。登場人物が2人しかいないままストーリーを展開し始めたので、私は「O君(W君の弟)は何の役?」と問いかけた。すると娘はしばらく考え、「O君はお城の衛兵」と答えた。私が笑いながら「へえ、そうなん?」と言うと、「あっ、やっぱりやめた。O君はドラゴン!そしてダディが衛兵!」とキャスティングを変更した。「じゃあ、お母さんは何の役?」と聞くと、「オカアサンは観客」と言い放った。

 

こうしてキャストが固まり、娘はストーリーを語り始めた。もちろんプリンスWがプリンセスである娘をドラゴンOから救出するという展開だ。だが、最終的には衛兵ダディの出番はなかった。そしてストーリーが締めに近づくと、娘は得意そうに眼を閉じ、「そして私とプリンスWは結婚して、いつまでも幸せに暮らしました!The End!」と大きな声で言って拍手をした。そこで私は、「あら、じゃあ、あなたはW君と結婚するの?」とちょっと挑発気味に問いかけた。すると娘は、「あら、やだあ、そんなのおとぎ話の中だけの話よ!だって、おとぎ話ってのは、どれもプリンセスとプリンスが結婚して終わるもんでしょ!」(注:娘の発言は『オカアサン』以外すべて英語)と、どことなく中年のおばちゃんっぽい口調で答えた。気のせいか、そのときの仕草も異様におばちゃんっぽかったように見えた。

 

こんな娘との対話を、私はいつも心から楽しんでいる。