けりかの草子

ヨーロッパ在住歴24年、現在英国在住のバツイチ中年女がしたためる、語学、社会問題、子育て、自己発見、飲み食いレポートなど、よろずテーマの書きなぐり。

脳力覚醒

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フランスの革新的な映画監督リュック・ベッソンが手掛けた『LUCY/ルーシー』(日本公開は2014年8月)という映画をご存じだろうか。スカーレット・ヨハンソンモーガン・フリーマンをはじめとする実力派の豪華キャストを奉じたアクション大作だが、何よりもストーリー設定が面白い。

 

台湾でマフィアの闇取引に巻き込まれ、10%程度しか機能していないと言われる人間の脳の潜在能力を覚醒させる新ドラッグを運び屋として下腹部に埋め込まれた若い米国人女性が、体内に漏れ出したそのドラッグの力で覚醒し、超人間的な知能と身体能力を発展させていく。まだこの映画を観ていない人々のために詳しいストーリー展開を曝露するのは控えるが、好奇心をそそられるテーマに俳優陣の素晴らしい演技、リュック・ベッソン監督ならではのスタイリッシュで洗練された映像と演出(「フレンチタッチ」というべきだろうか、『レオン』や『フィフス・エレメント』でもそうだったが、米国人監督の作品にはなかなか見られない独特の美学とセンスある。それは、フランスに特別な思い入れのある私の依怙贔屓なのかもしれないが・・・)、息をのむようなアクション、ベッソン作品とは切っても切り離せないエリック・セラの臨場感を煽るサウンドトラックという、エンターテイメント性の完成度が非常に高い傑作だ。

 

この映画より3年前に公開された『リミットレス』という作品(ニール・バーガー監督、ブラッドリー・クーパー主演)も同様に、ある一定の割合しか使われていないとされる脳力を100%覚醒させる架空の新覚醒剤をテーマにしているが、『LUCY/ルーシー』でストーリーの中核をなすCPH4という架空の新覚醒剤は、妊婦が妊娠6カ月目から体内で生成する物質を人工的に製造したものという設定だ。この妊婦が生成する物質は現実のものらしく、胎児を成長させるその威力は計り知れないものだという。

 

特殊効果バンバンの『LUCY/ルーシー』は言うまでもなく、それなりに現実味を帯びた『リミットレス』のストーリーもまったくのフィクションだが、この「脳の潜在能力の覚醒」という現象を、実は私は身をもって体験している。覚醒剤やドーピング剤を使用した訳ではない。それは、娘を出産した数日後のことだった。

 

今から4年前。出産を5月下旬に控えていた私は、予定日の10日ぐらい前まで仕事を続けるつもりにしていた。自宅勤務のフリーランス翻訳者なので産休申請などの手続きは必要なく、自分の体調と都合に合わせて仕事量を調整すればよいだけのことだった。その時は、出産予定日の1カ月ほど前に受注した、再生可能エネルギー産業に特化した某投資ファンドの年報という大口プロジェクトの翻訳作業をしていた。かなり技術的な内容や金融部門の専門的な内容が盛り込まれた難度の高い案件だったが、それなりにゆとりを取った作業期間が割り当てられており、納品期日は出産予定日の1週間前であったため、引き受けることにしたのだった。ところが、私は出産予定日の3週間近く前に破水してしまい、陣痛が一切なかったために急遽入院して誘発分娩で出産することになった。当然のことながら、翻訳作業は中断しなければならなかった。私の出産のエピソードは、金曜日の夜にソファーの上で毛布にくるまってテレビで観たくなるような、軽快なラブコメディーのネタに使えると自負しているぐらいハチャメチャであったが、それはまた別の機会に執筆しようと思う。

 

20時間を超える誘発分娩の末、緊急帝王切開で娘を出産した私が退院して帰宅したのは、出産から3日目のことだった。日本の基準から見るとかなりのスピード退院だろうが、ここ英国ではごく普通である。ただ、緊急帝王切開手術後に全身が激しくむくみ、下半身麻酔の後遺症でなかなかスムーズに歩き回れない状態であったため、病室から夫が車を停めていた駐車場までは車椅子での移動だった。出産の翌日は心身ともに疲れきっており、しかも自力で起き上がることが出来ずカテーテルにお世話になっている状態だったこともあって、情緒不安定に近い状態に陥った。欲しくて欲しくてたまらなかった子供の誕生という至福の喜びと、高齢出産の上に育児初心者であり、かつ身近に頼れる身内がいないという現実に対する不安感と孤独感が入り混じり、感情の起伏が激しくなった。夫が見舞いに来てくれている間は陽気で幸せ感に包まれていたものの、お見舞い時間が終わって夫が帰らなければならなくなると、幼子のように号泣した。だが、これが退院日の朝に目を覚ますと、悟りを開いたような、静かながらも力強いエネルギーが全身にみなぎり、言葉では表現しきれないほどポジティブな気分であった。

 

その瞬間から、私は自分でも信じられないくらい頭が冴えていた。周囲の人々との英語での会話も、まるでネイティブスピーカーのように訛りなしでスラスラとこなし、かなり洗練された単語や表現も口から噴水のように絶え間なく噴き出ていた。このうえなく自信に満ちており、入院中に受けたずさんなケアに対する苦情・批判と提案を看護婦長とおぼしき女性に訴える際、いささかも感情的にならず、礼儀正しく穏やかでありながらも権威的な態度でユーモアを交えつつ発言した。その朝私が口を開くまで無礼ギリギリの態度で私に接していたその看護婦は、私が「弁論」を終えた途端に異様に腰が低くなり、気持ちが悪いほど親切・丁寧になった。この様子を傍観していた夫によると、この時の私は後光が差しているかのように見えたとか。

 

とにかく陽気で、ちょっとしたことで涙が出るほど大笑いしたり、ウィットに富んだジョークを(英語で)飛ばしまくっていた。夫はこれを、「妊婦がよく体験するハッピーホルモン効果だ」と言った。妊娠中の女性は感情の起伏が激しくなりやすいというのはよく聞く話だが、妊娠期間中ずっと陽気で深い幸福感に包まれていたというケースもよくあるらしい。俗に「妊婦のハッピーホルモン効果」と言われている。それは、出産や子育てに関連するとされているホルモンで、「抱擁ホルモン」や「幸福ホルモン」、「癒しホルモン」などの異名を持つオトキシンの影響なのだろうか。だが、妊娠中の私の感情サイクルは、特に普段と変わりはなかったと思う。

 

夫が「ハッピーホルモン効果」と描写した私のハイ状態は、約1週間続いた。退院して帰宅した翌日から、急遽入院・出産したためにかなりのボリュームを残して中断していた翻訳の仕事を再開したのだが、その作業ぶりはまさに『LUCY/ルーシー』の主人公ルーシーや、『リミットレス』のエディであった。普段はひとつひとつの文章を翻訳するのにじっくり時間をかける。辞書を引かなくてもいい単語や表現であっても、色々と調べて最もしっくりくる対訳を選び、訳した文章が日本語として自然に聞こえるように推敲を重ねる。当時担当していた案件のような、専門的知識が要求される難度の高い文書の場合はなおさらのことだ。ところが、「ハッピーホルモン効果」の影響下にあった私は、英語の原文を読むとほぼ同時にスラスラと日本語の訳文を打ち込んでいた。まるで最初から日本語で書かれた文章を写し書きしているかのようなスピードで。複雑な表現が使われた文章でも、瞬く間に翻訳できた。同時通訳ならぬ、同時翻訳だ。語順も発想も日本語とはかなり違う言語を同時に訳するのは非常に難しく、かなりの訓練を必要とする。書かれた文章の場合、口語よりもずっと複雑な構成になっていることが多く、それを「解剖」して理解し、自然で読みやすい日本語の文章に書き直さなければならない。だから原文の言語の理解力に加え、日本語の国語力もかなり要求される。それゆえ、同時翻訳というのはほぼ不可能だと私は思っている。しかし、あの時の私はその不可能を可能にするほど脳力が拡大していた。こなれた日本語表現が次から次へと頭に浮かび、スピードタイピングによる打ち間違いや漢字の変換ミスも即座に見つけて訂正していた。辞書を引くこともあまりなかったと思う。そして、夫もビビるほど判断力と実行力に富んでいた。さらにマルチタスキング能力もグレードアップしており、お腹が減って目を覚ました新生児の娘に授乳しながら片手で翻訳作業を続けたり、テレビを見ながら娘のオムツ交換をすると同時に、まだまだ思うように動き回れない私に代わって炊事・家事を受け持っていた夫にテキパキと指示を下したりしていた。

 

この覚醒した脳力のおかげで、担当していた翻訳も締切日のかなり前に納品することができた。だが、「ハッピーホルモン効果」が切れた後のバックラッシュはすさまじかった。幸い、産後うつ病には陥らなかったが、私は精神的にも身体的にも疲労しきっており、頭の回転が鈍くなった。何をするにも時間がかかり、なかなか集中できない。そして、英語でも仏語でも母国語の日本語でさえも、言いたいことを思うように表現できないこともあった。数週間後には回復し、いつもの私に戻ることができたが、それにしても、なんとも不思議な体験だったことか。出産が、ドーパミンセロトニン、エンドルフィンやオトキシンなどの分泌量を一時的に最適なレベルにしてくれていたのだろうか。

 

以来、あのような驚異的な脳力に達したことはない。あの時の脳力を維持できていたなら、今頃私は世界的な売れっ子作家にでもなっているのではないかとよく思う。現在市場に出回っている「スマートドラッグ」は、その大半が栄養素や植物成分をベースとしたサプリ程度のものらしいが、いつか医学と化学の進化で本当に『LUCY/ルーシー』や『リミットレス』レベルの脳力覚醒ドラッグが現実のものとなる日が来るのだろうか。だが、それが現実化した社会を想像すると、身の毛がよだつほど恐ろしく、激しい戦慄を覚える。それは、闇取引がはびこる危険な犯罪社会へと全世界が化してしまうか、合法な薬となったとしても、超裕福層だけが手に入れることができる究極の嗜好品となり、脳力を拡大させた超裕福層がさらに巨大な富と権力を握って、残りの人口は搾取されるだけの奴隷と化してしまうと思うからである。

 

人間は、不完全だから美しいのだ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小学生の保護者としての生活

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娘の中間休暇中に活躍したお菓子作りの本

 

久々の投稿だ。前回の投稿は3週間半ぐらい前で、しかも以前に他のメディアに投稿していた記事のリサイクル版だったから、本当の意味での投稿ではない。ネタ詰まりの言い訳に過ぎないのだろうが、仕事や娘のHalf Term Holidayなどで何かと忙しく、自分の考えを文章にまとめる精神的・時間的余裕がなかった。

 

「Half Term Holiday」というものは、日本では馴染みの浅い概念であろう。英国や大陸ヨーロッパのいくつかの国々では、学期の中間に休暇が設けられており(だからここでは以降「中間休暇」とする)、英国の場合だと公立学校は1週間、私立学校は2週間というパターンが多い。娘が通う学校は公立なので、1週間の中間休暇だった。

 

この中間休暇は、実は保護者にとって一種の悩みの種だ。特に共働き夫婦の場合、中間休暇中に子供の世話をどうするかを前もってしっかり計画しなければならない。毎回子供の休暇に合わせて仕事を休める人は数えるほどしかいないだろう。身近に祖父母など、子供を安心して託せる身内がいる人々は非常に恵まれている。子供が休暇に入るたびに自分たちも休暇を取ってどこかへ家族旅行に出かけたり、託児所などへ預ける財力があればいいのだが、そのような経済的余裕がない家庭は四苦八苦する。我が家もそうだ。

 

私の投稿にちょこちょこ登場する娘の「ボーイフレンド」のW君は、父親が教頭を務める名門私立学校の幼稚部に通っている。W君のお母さんの話によると、この学校の生徒の中には、住み込みのNanny(古風な日本語で言うと「乳母」)がいる子供が結構いるそうだ。そして生徒の多くが休暇ごとに家族で海外旅行をしているらしい。家族旅行に出かけない場合も、乳母がいたり、ラグジュアリーな託児サービスを利用したり、充実したアクティビティプログラムに子供を送り込んだりと、休暇中の子供の世話に頭を抱えることはないようだ。さすが大金持ちの子息が通う学校だけあって、世界が違う。W君一家は学校の敷地内にある教員用住宅に住んでいて、私は娘をW君と遊ばせるためによく彼らの家を訪問する。その時に学校内で見かける送り迎えの車はやはり、バリバリの高級車が多い。たまに私のようなボロい大衆車に乗っている人を見かけるが、それは教員・用務員か「乳母」さんたちということらしい。数年前には、とあるロシアの大富豪の御曹司がボディガードを連れて登校していたそうだ。さらにその父親がヘリコプターで息子を学校に送り届けたこともあったというから、あまりにも桁が違いすぎてシュールだ。

 

平民家庭の我が家は夫が1年半前に起業し、自宅を事務所として活動している。私は夫の事業の補佐に加え、フリーランスで翻訳やコンサルティング業を営んでいる。すなわち夫婦共働きであるが、自宅勤務の自営業者だ。時間的には融通が利くのだが、まだまだ家計に余裕はない。そして身近に頼れる身内もいない。だから中間休暇中は家族旅行にも行かず、中間休暇特別託児サービスも利用せず、仕事の案件の多くを断ってほぼフルタイムで娘の相手をしていた。一緒にクッキーを焼いたりしてクオリティな母娘の時間を過ごしたが、やはりあの1週間は何だかんだと大変であった。

 

このように、娘が小学校に入学してからというもの、私たちの毎日は娘の学校生活を中心に回転している。それまでは、週4日の頻度で娘を保育園に通わせていた。近辺には私立の保育園しかなく、政府からの補助金のおかげで週4日通わせることができていたものの、やはり毎月の保育料は我が家の財政にかなりの負担となっていた。それでも保育園では朝8時半から夕方6時まで預かってもらえたため、仕事をする時間は十分にあった。しかも、土日以外の休園日は祝日とクリスマス・新年期間の数日間のみ。これが小学校だと、朝8時55分から午後3時15分まで。朝、娘を学校へ送り届けて帰宅するのはいつもだいたい9時10分頃。家政婦を雇う財力などないため、当然のことながら家事も自分でしっかりやらなければならない。そして午後、お迎えで3時10分までに学校に到着するためには、2時50分頃に自宅を出発しなければならない。娘が学校から帰って来ると、仕事はほぼできなくなる。つまり、日中仕事ができる時間はかなり限られている。

 

娘の小学校は公立で、ありがたいことに学費が無料であるため、その分を託児サービスやお稽古に回すことはできる。そこで、月曜日と火曜日は独立した組織が運営している放課後託児サービスで6時まで預かってもらっている。だがその料金は時間制で、なかなかお高い(しかも政府の補助金は出ない)。だから現在ところ、週2日以上預ける余裕はない。他の日はキックボクシング(これからは女子も強くあるべし!)や演劇レッスン、水泳教室などに通わせている。どのお稽古も、本人が非常にやる気満々で楽しんでいるし、学校とは違った人生スキルを学び取ることができるので、納得のいく投資だと考えている。だがもちろん、放課後託児サービスを利用している月曜日と火曜日以外は、2時50分にすべてを切り上げて学校に向かわねばならない。その後はお稽古などのアクティビティに付き添い、夕食、入浴を済ませて娘が就寝するまでは仕事に手を付けることがほとんどできない。だから夫も私も夜行性動物になりつつある。私は以前、夜のズンバ教室に週数回通っていたが、娘が小学校に入学すると同時に朝のセッションに切り替えた。月曜日と火曜日以外は日中仕事をする時間が限られているため、夜の時間をクリアにしておくためだ。

 

娘が小学校に上がる数ヵ月前から、「学校が始まったら、いい意味でも悪い意味でも生活が一変するわよ!覚悟しなさい!」と周囲の人々によく言われた。確かに、今年の9月以来、私たちもそれをどっぷり実感している。何かとチャレンジはあるが、自分たちの時間の使い方を見直したり、物事の優先順位をしっかりと決めたりと、自分たちのけじめという面でポジティブな影響が多いのも確か。そして何よりも、小学校という新しい世界で様々なことを吸収し、1人の人間として成長していく我が娘を見守るのは、驚きと感動に満ちた、かけがえのない人生体験である。

 

今日は月曜日。娘は6時まで放課後託児サービスで様々なアクティビティに興じているはず。仕事は小口のものが数件あっただけで、夫のフランス出張のためのプレゼンも思ったより早めに仕上げることができた。そこでこの記事をしたためることにしたのだ。

 

娘を迎えに行く時間まであと約1時間。そろそろ夕ご飯の支度をしよう。

 

 

 

 

 

娘の4歳の誕生日〜パーティー編⑮完結編 ー 注:これは今年6月に他のメディアに投稿した記事のリサイクル版

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写真は子供の遊び場付きパブの遊び場

 

パーティールームの壁にかかっている時計を見ると、時間切れまであと10分程度。16時には全員がパーティールームから立ち去っている状態にして下さいと言われていたが、アイスクリームを食べ終えた子供たちは再びダンスフロアエリアで風船を追いかけ回してはしゃいでいるし、保護者も世間話に暮れていて、腰を浮かす気配はない。

 

ここは夫と私が動きを見せるべきだろうかと自分に問いかけながらスタッフの女の子の方に目線をやると、彼女は相変わらずぼーっと突っ立っているだけで、私たちを急かせるようなそぶりは一切見せない。そこで、時間に気づいていないふりでしばらく乗り切ることにした。

 

しかし、(自称)根が律儀な日本人の私は、定刻を守らないというのはどうも後ろめたくて落ち着かない。16時を10分程度過ぎた時点で私がお礼を言いながらパーティーバッグを配り始めると、ルーム内は自然に「お開きの」ムードに流れが変わった。

 

ここでも例のスタッフの女の子は大して役に立たなかった。数が足りないかも知れないパーティーバッグの「賢い」配布法(サプライズゲストには会場が用意したものだけ配給)に専念していた私は、先ほど切り分けてペーパーナプキンに包んでもらったケーキのことをすっかり忘れてしまっていた。それに気が付いたのは、このスタッフの女の子のおかげではなく、ゲストの保護者の1人に催促されたからである。

 

なんとか体面を失うことなくパーティーバッグとケーキを配布することに成功し、ルームにゲストがほぼいなくなった時点で、娘が頂いたプレゼントや小道具の残りものをかき集めて階段を降りた。娘はロンドン方面から来た友人の息子と日本人ファミリーの子供たちと合流し、再びプレイエリアで遊んでいる。夫は彼らの保護者に声をかけ、近くにある子供の遊び場付きパブで打ち上げをしようと提案した。

 

私はサプライズゲストのMちゃんの料金を交渉しに受付へ向かった。すると、受付にいたこれまたティーンエイジャーのようなスタッフの若造が、追加料金は必要ないと言った。まあ、核心的なサービスが超イマイチだったのだから、これくらい「勉強」してもらって当然だろう。だが私はここで高飛車にならず、丁寧に礼を言った。

 

そろそろ遊んでいる娘たちを呼び戻して打ち上げ会場に向かおうかと考えていた矢先、スタッフの1人が「パーティーの後はプレイエリアに戻って遊べません!」と注意しに来た。その理由は、食事の後にプレイエリアで遊んで戻したりすると衛生上問題になるからだと言う。だが、ここではカフェテリアで軽食も売っている。パーティー以外で遊びに来た子供たちがカフェテリアのメニューからランチをオーダーして食べ、その後再び遊ぶというパターンは日常茶飯事のはず。この矛盾にはムカッとしたが、パーティーが終わってドッと疲れを感じていた私には、こんなことで言い争いをする気力は残っていない。「Oh、Sorry!」とだけ言って、子供たちを呼び戻した。

 

とにかく、娘の4歳のお誕生日パーティーは、ハプニングとてんてこ舞いの積み重ねであったがなんとか無事に終了した。ゲストの保護者からもすぐにお礼のメッセージが数件届いた。みんな大変楽しんでくれたようだ。少し本題を外れるが、こういうお礼メッセージとそれが送られてくるタイミングも、保護者の格式を知るバロメーターである。

 

パーティー会場を立ち去る前、主役の娘にパーティーの感想を聞いてみた。親のストレスとはまったく無縁の本人は、めいっぱい楽しんだようである。「Best Party Ever! Thank you オカアサン, thank you Daddy!」と言って、ハグまでしてくれた。あゝ、なんてカワユイのだろう!自分の結婚式の時よりもストレス度が数グレード高かったが、それなりに立派なパーティーを開いてよかった。

 

娘の無邪気な喜びぶりには疲労感が吹き飛び癒された。だが、最後にひと言、「次の私のバースデーパーティーは、Sちゃんのパーティーと同じところにしてね!」と念を押された。

 

やはり、Sちゃんのパーティーには敵わなかった訳か。。。

 

(やっと)完

娘の4歳の誕生日〜パーティー編⑭ ー 注:これは今年6月に他のメディアに投稿した記事のリサイクル版

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パーティールームのダンスフロアエリア

 

 

95%セルフサービスのパーティーフードをひと通り給仕し終え、お皿に食べ物が見えなくなった、あるいはお皿の上の食べ物が原形をとどめない状態になったころ、子供たちはテーブルがセッティングされたスポットの後ろにあるチェス盤のようなダンスフロアエリアへ進出し、そこに散りばめられていた風船で遊び始めた。

 

Sちゃんのハイグレードパーティーより高いスコアを獲得できた唯一のカテゴリーは、パーティールームの広さだ。Sちゃんのパーティーでは、子供たちを座らせると室内は満員状態で、壁側に設置された保護者用の長椅も参加者全員が腰を掛けれるだけのスペースはなかったため、パーティールームの外で数名の保護者が立ち見状態になっていた。私たちの会場のパーティールームは少なくともその4倍のスペースはあったと思う。子供たちは風船を追いかけまわし、楽しそうにはしゃいでいた。

 

ここのパーティープランでは、パーティールームを使えるのは45分間。残りあと10分というところで子供たちを再びテーブルにつかせ、バースデーケーキのロウソク火消セレモニーを行うことにした。

 

私は自宅を出る前、数字の「4」を模ったロウソク(保育園に持っていた手作りケーキで使ったもの)をビニール袋に入れ、他の小道具と一緒にショッピングバッグの中に入れたつもりであった。だが、役立たずの会場スタッフの女の子に「ロウソクをケーキにセッティングしてください」と言われて、ショッピングバッグも自分のハンドバッグも中身をひっくり返すほど探したが、見つけることはできなかった。これにはかなり焦ったが、幸いにも会場が白とピンクの螺旋ストライプの細いロウソクとダークピンクのものを数本用意してくれていた。すでに最低でも2度は使われたであろうものであったが、火を吹き消すという儀式だけが用途なのだから、環境問題も考慮に入れるとこれで十分だ。

 

長さがチグハグの使い古しロウソクを、ケーキ表面のアイシングに描かれている6人のディズニープリンセスの顔を崩さない位置に差し込み、マッチで火をともす。私がロウソクをセッティングしている間、夫は子供たちの保護者に「ハッピーバースデー・トゥ・ユー」の歌への協力を呼びかけて回った。保育園での火消セレモニーでは、「ハッピーバースデー・トゥ・ユー」を歌い終わったあと、伝統的な「ヒップ、ヒップ、フーレイ!」の3回喝采が送られたが、今回は歌だけで終わった。

 

保育園での儀式では、自分1人でやる自信がないから私に火消を手伝ってくれと言った娘だったが、このパーティーでは立派に独りで任務を全うすることができた。ケーキを運びながら歌の音頭をとったのは、海賊姿の夫。私はロウソクセッティング係から、この重要なシーンを画像に収めるカメラマンに変身した。

 

こちらでは、バースデーケーキは火消セレモニーのあとに切り分けてその場で食べるのではなく、「引き出物」のパーティーバッグと一緒にゲストの帰り際に配るのが主流のようだ。Sちゃんのパーティーでもそうだったし、その前にお呼ばれした別のお友達のパーティーでもそうであった。娘のパーティーでも自然とそういう流れになり、気の利かないスタッフに言つけて、切り分けたものをペーパーナプキンに1つづつ包んでもらった。ここで「しまった!」と思ったのは、切り分けたケーキを入れる可愛いお持ち帰り用ビニール袋を用意していなかったこと。Sちゃんのパーティーでは、切り分けたケーキは素敵なモチーフが印刷された透明のビニール袋に入れ、これまた可愛いリボンで袋の口を縛ってゲストに配っていた。このビニール袋とリボンが会場によって用意されたものなのか、それともSちゃんのお父さんとお母さんが手配したものなのかは不明であったが、こういったディテールへの配慮はパーティーを催すうえで大切なポイントだ。これを忘れるとは、なんともうかつだった。

 

ケーキの代わりにデザートとして配られたアイスクリームを嬉しそうに食べる娘を眺めながら、「ごめんよ、Aちゃん!お母さんはまだまだ未熟なダメ母だ!」と、自分への叱咤と娘への謝罪を心の中で繰り返した。

 

 続く

娘の4歳の誕生日〜パーティー編⑬ ー 注:これは今年6月に他のメディアに投稿した記事のリサイクル版

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この写真の中央にいる男の子2人は嬉しそうに羽根飾りをつけている

 

子供たちへの食べ物とドリンクの給仕をひと通り終えたとき、土壇場の思い付きで用意したティアラと「ネイティブアメリカン」の羽根飾りのことを思い出した。『アナ雪』テーマのパーティールームでエルサとオーロラ姫が給仕サービスをし、参加者数を上回る数のエルサとアナの子供用コスチュームさえ完備されていた、あのお友達(Sちゃん)のハイグレードなパーティーの足元にだけでも及びたい!という一心で揃えた重要な小道具だ。予算オーバーしてまで手配したものを使わずにパーティーを終えるわけにはいかない。


だが、サプライズ参加者が3名もいるため、この場にいる子供たち全員に配ろうとすると、ティアラが2つ、羽根飾りが1つ不足している。娘の仲良し3人組のひとりの子(Fちゃん)のお姉ちゃんは、先述のように娘たちより5歳ぐらいは年上で、サプライズ参加であったため遠慮してか、それともチビたちに交じるのはプライドが許さないためか、私と夫が何度誘ってもパーティーテーブルに子供たちと一緒に座るのを断り、お父さんと一緒に窓際の長椅子におとなしく腰かけていた。彼女にはティアラは必要ないであろう。だが、親が招待状への返事を怠ったためにサプライズゲストとなってしまったMちゃんは、娘のお友達だしプリンセス好きっぽいのであげないわけにはいかない。そこで私は独自の裁量で、10日前に(親が)招待状への返事をしたお友達(Aちゃん)の妹はサプライズゲストではないがスルーすることにした。


羽根飾りの方も同様に、3人目のサプライズゲスト(ハイグレードなお誕生日会を催したSちゃんの弟)をスルーすることを決めた。こうして私は女の子にはティアラ、男の子には羽根飾りを配り始めた。出だしはなかなかウケが良かったのだが、予想外のハプニングが2件発生した。男の子のゲストの1人であったKくんが、ティアラがいいと言って羽根飾りを受け入れてくれない。これではまたティアラが1つ不足する。何とか説得しようと試みたが、Kくんはティアラを離そうとしない。どうしたものかと気をもんでいると、第2のハプニングが発生した。だがその実、この第2のハプニングに助けられることになった。


第2のハプニングとは、ティアラをつけていた女の子のうち2人ぐらいが、ティアラが小さすぎて頭を締め付けるので痛いと言って返しに来た。これには少し落胆したが、おかげでスペアができ、Aちゃんの妹にもあげることができた。さらに、最初はブルーの羽根飾りのついたティアラを選んでつけていた娘までもが、これは痛いからヤダと、自分で持ってきていた大きめの王冠につけ替えた。結局、ティアラをつけてくれたのは2~3人の女の子だけ。一方、男の子の方はというと、こちらは思ったより好評だった(ティアラを気に入ったKくんは例外)。


給仕された食べ物でも、Sちゃんのハイグレードパーティーにはかなわなかった。Sちゃんのパーティーでは、フライドポテトとフライドチキン、ソーセージの後に続いて、ピザトースト、ハムサンドイッチとチーズサンドイッチが給仕され、その後さらにカップケーキとビスケットも出てきた。パーティープランの値段の差はほんの1ポンド程度なのに、設備、サービス、食べ物という実質上の中身の差は10ポンドぐらいあるように感じた。「競争してるわけではない。うちはうち、よそはよそ!」と自分に何度言い聞かせても、この理不尽さへの苛立ちと劣等感を完全に克服することができなかった私はやはり、プライドの高い見栄っ張りなのだろうか。


続く

娘の4歳の誕生日〜パーティー編⑫ ー 注:これは今年6月に他のメディアに投稿した記事のリサイクル版

 

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写真はパーティールームでのワンシーン

 

子供たちがガーデンエリアに進出した頃には、時計はすでに15時を過ぎていた。ここのパーティープランでは、75分間の「お遊び時間」に続き、45分間のパーティールームでのパーティーということになっていたので、あと少しで集合のお呼びがかかるだろうという時間だった。


ロンドン郊外から来てくれた日本人ファミリーのお母さんと立ち話をしているとき、私は予定外の参加者が3名もいる(参加者の姉1名&弟1名と招待状に返事をしなかったMちゃん)ことを彼女に愚痴った。すると彼女は、英国ですでに子供のお誕生日会を催した経験を持つ日本人ママ友達に、そういうことが平気で起こるから覚悟しておくべきとアドバイスされていると言った。やはり、日本人駐在員ファミリーのママ友達ネットワークはそのような情報の共有がしっかりしている。私はア夫近辺に住む日本人ファミリーの存在を知らないし、地元の非日本人ママ友達も皆初心者ばかりなのでこのような情報に疎い。


ヨーロッパ在住歴がすでに日本在住歴を上回ってしまった私だが、だからと言ってフランスやイギリスなど長年住んだ国の風習に精通しているわけではない。特に、娘が生まれるまで子供がいなかったため、学校制度やこのようなお誕生日パーティーのしきたりはまだまだ勉強中である。パリ時代の親しい友人や同僚の中にはもちろん子持ちが数多くいたが、私に子供がいなかったためか、子供のお誕生日会の企画・運営が話題になることはなかった。ただ一度だけ、今でも親しいポルトガル系フランス人の友人が、「お誕生日会はマクドでやるのが一番手っ取り早くてウケがいい」と言っていたのを覚えている。


まったくの余談になるが、フランス人は一般的にマクドナルドのことを「マクド」と呼ぶ。これは関西で主流の短縮形と同じだ。関東の人々は「マック」と言うらしいが、関西出身の私にとってもフランス人にとっても、「マック」はマッキントッシュのことだ。私にはフランスがとても肌に合っていたのは、こういう共通性のおかげなのだろうか。


時計を見ると15時10分を過ぎていたので、私はガーデンエリアにいるゲストにそろそろ中へ入るよう促した。カフェテリアのカウンターの方へ出向くと、待ち受けていたスタッフの1人が、パーティールームに移動する案内を放送すると言った。放送と共に子供たちを整列させ、スタッフに先導されて日本式2階のパーティールームへ移動した。


本来なら、ここで皆に手を洗わせるべきであっただろう。だが、控室の荷物をかき集めたり、まだプレイエリアにいる子供や保護者に声を掛けたりで、そのような余裕はなかった。我が子だけはなんとかウェットティシューで手を拭いてやったが、他の子は各自の保護者の責任ということで対応しなかった。


パーティールームの給仕用のテーブルには、揚げたてのフライドポテトとフライドチキン、出来たてのベイクドソーセージが載った大皿やフルーツサラダが置いてあり、その横にはオレンジジュース、クランベリージュース、お水のピッチャーがあった。テーブルにはすでにディズニープリンセスの紙製のお皿とナプキンがセッティングされていたが、予定外の参加者がいたため慌てて追加セッティングしなければならなかった。


子供たちが席に着いたので給仕を始めてもらおうと思ったが、給仕テーブルの横にはこれまたかなり若そうな女性スタッフが1人ボーッと突っ立っているだけ。しかもこのスタッフはここの制服らしきスウェット姿で、2週間前のお友達のパーティー会場のようなディズニープリンセスのコスプレサービスもない。


夫と私はまず子供たちにどのドリンクが欲しいか聞いて回った。それでも女性スタッフは動こうとしない。夫と私は懐疑心に満ちた顔で目を見合わせ、周囲の人々に分からないように小声のフランス語で「これって、セルフサービスなん?」とささやき合った。私はパーティールーム内をさっと見渡したが、あの若年パーティープランナーの姿はどこにもなかった。


パーティールームの窓際に低めの長椅子が並んでおり、保護者たちはそこに座って世間話の続きを楽しんでいるようであった。夫と私がサービスの悪さに苛立ち、込み上げてくるストレスを抑えようと奮闘しているのには気づいていない様子だ。私は笑顔でドリンクを給仕して回っていたが、内心はブチ切れ寸前であった。


気の利かない女性スタッフは、夫に促されてやっと食べ物の給仕を始めたが、「出来たてでまだ熱いから」という言い訳付きだった。それを聞いた夫は、再び小声のフランス語で「なんちゅうサービスの悪さ!おちょくられてるのか?」と私の耳にささやいた。私は笑顔を引きつらせながら、「完全におちょくられてる!」と答えた。


続く

娘の4歳の誕生日〜パーティー編⑪ ー 注:これは今年6月に他のメディアに投稿した記事のリサイクル版

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写真はガーデンエリアの遊具

 

 

娘は時に異様に大人びたことを大人びた態度で言う(英語のみだが)ので驚かされる。この日も、お誕生日パーティーに来てくれたお友達に、「Thank you so much for coming to my party! Please make yourself at home and have fun!」と非常に落ち着いた口調で言っては、お友達をギュッとハグしたり両手を包み込んだりして、こなれたホステスぶり(ここでは「女主人」のことを指し、キャバクラなどのホステスのことではない)を見せた。


子供たちが保護者の存在を意識せずに遊んでいるのを観察していると、こんなに幼い子供たちの間にもそれなりの勢力関係があるのが見えてくる。このパーティーでは、娘がなかなかの人気者である様子を目にすることができた。しかし子供というのは、最初は仲良しこよしに遊んでいても、ちょっとしたことでケンカになったり、おもちゃなどの取り合いで泣き出すといったインシデントを避けて通れない。ここでも、75分間の「お遊びタイム」に数回泣き声があがった。


保護者たちと世間話をしている間も、私は主催者として皆が楽しいひと時を過ごせているかさりげなくチェックしていた。子供の泣き声が聞こえる度にその主を見つけ出し(娘の泣き声はすぐに識別できる。さすが母親👏🏻)、なだめながら原因の究明と解決策の策定を同時進行させる。娘が泣かしの主犯でないことを確認するのが最優先事項だが、我が娘はめったに意地悪はしないし、無用な対立は避けるタイプだ(と私は信じている)。


男の子ゲストの1人が2度ほど泣き出したが、これは他の男の子ゲストと走り回っていてもつれ合いになり、頭や腕を打ってしまったからのようだった。なだめても泣き止まない場合は、当然のごとく保護者を呼びに行く。世間話->なだめ&保護者に報告->世間話のッルーティンを何度か繰り返しているうちに、あの、招待状に返事をよこさずに出席した女の子(Mちゃん)がジャングルジムフレームの中で独りシクシク泣いているのに気がついた。


この子は入場してすぐに娘たちと遊んでいたはず。もしかして娘が意地悪したのかと心配になり、急いでフレームをよじ登って何が起こったのか問いただした。だが、Mちゃんはシクシクするだけで、何が原因なのか明らかにしてくれない。娘が何か意地悪したのかと問うと、これには首を横に振った。


娘が無実であることを確認してホッとしたが、いくらなだめてもMちゃんは泣き止まないし、フレームからも降りようとしない。そこで私はお父さんを探しに行った。お父さんは控え室で夫や他のお父さんたちと男子会で盛り上がっていたが、Mちゃんが泣いていることを伝えると、心配する必要はないと言うだけで、いっこうに腰を上げる気配を見せなかった。


泣いている子をほっておくわけにはいかないので、私はプレイエリアに戻り、ジャングルジムによじ登った。Mちゃんを再びなだめていると、下からお父さんが「心配しないでください。この子は私が一緒に巨大滑り台を滑らないから拗ねて泣いているだけです」と言ってきた。Mちゃんはお父さんの顔を見ると、ジャングルジムを降りて再度お父さんにおねだりした。またお父さんに拒否されて大泣きになったとき、娘や他の子供たち数名が、「外にも遊具があるので皆で外に行こう!Come on!」とMちゃんにも声をかけた。Mちゃんは気を取り直して靴を履くと、娘たちと外へ飛び出して行った。


こうして子供たちの活動範囲はガーデンエリアにも広がり、保護者たちはホットドリンクを手に外のテーブルへと移動し始めた。

 

続く