けりかの草子

ヨーロッパ在住歴24年、現在英国在住のバツイチ中年女がしたためる、語学、社会問題、子育て、自己発見、飲み食いレポートなど、よろずテーマの書きなぐり。

日本語進化論①

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 注:これは朝日新聞DIGITALの『ことばマガジン』から拝借した松田源治のインタビュー記事の見出し部

 

 

最近の日本の家庭では、父親と母親のことを「パパ」と「ママ」と呼ぶパターンが定着化しているのではないだろうか。雑誌(特に女性誌)などを読んでいても、すっかり男親と女親の代名詞になっているように思われる。そのうちに、あのNHKの幼児向け教育番組の名作「おかあさんといっしょ」(なんと、放送開始年は1956年!)でさえ、「ママといっしょ」に改名されてしまうのではないだろうか。昭和後期生まれの私が子供だった頃は、自分の親を「パパ」「ママ」と呼ぶのは恥ずかしいことだという考え方が主流であった。実際、私自身も両親に対して呼びかけるときは「お父さん」「お母さん」、そして第三者に両親のことを話すときは「父」「母」と言うように躾けられていた。だから、自分が「ママ」と呼ばれると、何とも言えない違和感を覚える。そのため、英語を自分の第一言語としている4歳の娘にも「オカアサン」と呼ばせている。英国人の夫を含む第三者に私のことを話す場合は英語の「Mummy(マミィ)」を認めているが、私本人に向かっては「オカアサン」を徹底させている。というわけで、娘の発言の大部分は英語だが、「オカアサン」はちゃんと英語訛りの日本語で言ってくれる。一方、父親のことは日本語を母国語とする私に対しても英語の「Daddy(ダディ)」のままである。「オトウサン」も教え込むべきなのかもしれないが、なぜかまだ実行に移せていない。

 

「パパ」「ママ」は明らかに外来語であるが、いつから日本で使われるようになったのだろうか。このことが気になって探りたい衝動に駆られ、ヤフッてみた(このときは外出中であったためiPhoneで検索。私のPCの検索エンジンはグーグルがデフォルト設定になっているが、iPhoneの場合はヤフーになっている)。「パパ」「ママ」という呼び方を日本人が使い始めた時期を明記する記事やサイトは見つからなかったが、朝日新聞DIGITALの『ことばマガジン』というコーナーに6年前に掲載された面白い記事に出くわした。「昔新聞・昭和(元~10年)の記事 パパ、ママとは何事ぢゃあ!」というタイトルで、1934年(昭和9年)8月30日の東京朝日新聞朝刊11面に掲載されていた当時の文部大臣、松田源治のインタビュー記事について解説したものだ。

(興味のある人はこちらをどうぞ:http://www.asahi.com/special/kotoba/archive2015/mukashino/2011010600005.html )

 

 このインタビュー記事は、「日本精神の作興を大方針としてゐる松田文相が『どうも近頃家庭でパパだのママだのといふ言葉が流行ってゐるやうだが、あれは以ってのほかのことだ、日本人はちゃんと日本語を使ってお父うさん、お母あさんと呼ばねばいかん。あんなパパ、ママを使ふからやがては日本古来の孝道が廃れるんぢゃ』といふわけで近く機会を見て幼稚園や小学校の関係者にもパパ、ママご法度のおふれを出すといふ噂が、二十九日文部省から放送された」という書き出しで始まっている。すると、「パパ」「ママ」はすでに昭和9年の時点で、当時の文部大臣が「けしからん!」と憤慨するほど流行っていたということか。私はてっきり戦後に始まったトレンドだと思っていたので、これは以外だった。

 

このインタビューで松田文相は、「といって我輩は何も排他的ではない、外国語も大いに勉強して外国の長を採り益々我国古来の文明を光輝あらしめねばならない、然るに外国の長所と共に短所をも取り入れてゐる、しかも取り入れた短所の多いのは実に残念である、パパ、ママの如きも其の一例である、マッチ、ラムプの如く従来なかった物は仕方がない、あれは国語である、パパさんママさんなどといふのとは違ふ」と議論している。この記事が掲載された2年後の1936年(昭和11年)に心臓麻痺で急逝(満60歳)した松田源治だが、もし81年後の現世に蘇って今の新聞や雑誌を手にしたら、外国語が語源のカタカナ語や外国語をベースとした造語の氾濫ぶりを見て、再び心臓発作を起こしてしまうのではないだろうか。

 

だが、外国語の影響というのは多くの言語に見られる現象だ。以前にも言及したが、英語(特に英国の英語)にはフランス語が語源の単語や表現が以外に沢山ある。そして、権威あるアカデミーフランセーズがその純度の維持を司るフランス語にも、英語やアラビア語から派生した言葉が存在する。しかも、フランス語には日本語が語源の言葉もいくつかあって面白い。「Sushi(寿司)」や「Saké(酒)」、「Manga(漫画)」など日本固有の物事の名称がそのまま使われるのは自然なことだが、フランス語の名称や表現が昔から存在するのに日本語が好まれて使われている例でとっさに思いつくのは、「être Zen(エートル・ゼン)」や「kakémono(カケモノ)」である。「être Zen(エートル・ゼン)」の「Zen」は禅宗の「禅」だが、ここでは「落ち着いた」「冷静な」「リラックスした」などの意味の形容詞として使われている。ちなみに「être」は英語のBe動詞、日本語の「~だ/~である」「~です/~ます」にあたり、主語に合わせて活用する(Je suis, Tu es, Il/Elle est, Nous sommes, Vous êtes, Ils/Elles sont)。フランス人は、自分が冷静な状態であったりリラックスした気分のときに、「Je suis Zen!」という表現をよく使う。一方、「kakémono(カケモノ)」とは、広告・広報業界でよく使われる単語で、実は日本では一般的に「ロールアップバナー」と呼ばれている広告資材のことである。日本の「掛物(掛け軸)」から来ているのだが、純粋なフランス語の名称(banderole verticale)があるにも関わらず、日本語が語源の「kakémono」が使われることが多い。

 

ある言語に外国語の単語や表現が浸透するという事態は何世紀も前からあったことだろうが、特にインターネットやソーシャルメディアが普及している現代社会では、そのボリュームとスピードはかつてないレベルに達しているに違いない。だが、日本語ほど外来語が氾濫している言語は他にないのではないかと私はよく思う。そのうえ、日本語の進化のスピードは恐ろしいほど速い。毎年のように数々の新語が生み出され、その中には外国語ベースの造語も多い。海外生活が長い私は日本に里帰りするたびに「浦島太郎症候群」にかかるのだが、知らない芸能人・有名人の数だけでなく、この著しく進化する現代日本語もその原因のひとつである。近年ではウェブやソーシャルメディア、雑誌や文庫の電子版などで現代日本語の知識をある程度定期的に更新することができている私だが(ただしギャル語は対象外)、インターネットがまだ一般家庭に十分普及していなかった頃には、あの分厚くて重い『現代用語の基礎知識』や『イミダス』を日本から欧州に持ち帰ったこともある。今では技術発展の恩恵を受けながら日本語の進化になんとかついて行っているつもりであるが、それでも日本の友人や知人から教わって初めて知った新語や新表現もいくつかある。その代表例は「イケメン」だ。

 

この単語を初めて目にしたのは確か2010年のこと。プロゴルフ関係の仕事でやり取りをしていた日本の関係者からのメールに、あるプロゴルファーの描写として使われていた。それが何を意味するのかまったく知らなかった私は、プライドを捨ててメールの送り主に教えを乞うた。「イケてるメン(ズ)」の略で、男前、ハンサムという意味だったとは想像もしなかった。雑誌『egg(エッグ)』の1999年1月号で使用されたのが最初であるそうだから、私がその存在を知ったのは10年以上も経ってからということになる。「イケメン」から「イクメン」という派生語も誕生している。2010年6月に長妻昭労働大臣が少子化打開の一助として「イクメンという言葉を流行らせたい」と国会で発言し、男性の子育て参加・育児休暇取得促進を目的とした「イクメンプロジェクト」なるものを始動させたというから驚いた。

 

「イケメン」を輩出した『egg』のように、新語や新表現の火付け役となったファッション・ライフスタイル誌の好例に、モテるオヤジの聖書『LEON(レオン)』がある。これは男性誌だが実は私も長年のファンで、「ちょい悪オヤジ」や「楽ジュアリー」などのウィットに富む表現が小粋で好きだ。そして、浸透率の高いカタカナベースの造語を数多く生み出した雑誌と言えば、そう、またあの『VERY(ヴェリイ)』ではないだろうか。創刊20周年を超え、全女性ファッション誌の中で売り上げ1位という有力誌だが、私が初めてこの雑誌の存在を知ったのは、実は今年の1月に里帰りしたときのことであった。ファッション関係の翻訳案件がよく入ってくるようになったため、ボキャブラリーや表現のベンチマークとして日本のファッション・ライフスタイル誌を数冊入手しようと本屋で物色していたときに店員さんに勧められて購入した。自分に近い世代が読者層なので実生活の参考になる内容もあるだろうとページをめくっていくと、「ママ的」や「ママ可愛い派」、「モールカジュアル」、「鉄板スタイル」、「イケダン」などの、浦島太郎の私にはまったく目新しい表現がいくつもあった。後に電子版を定期購読するようになり、毎号のように今まで聞いたこともなかった新語・新表現に遭遇している。「園ママ」、「袖コン」、「ゆるホワイト」、「綿達ママ」、「化繊妻」などなど。たいていの場合はなんとなく意味が分かるのだが、まったく理解できず、推測することさえできずに定義をググりまくったVERY用語がある。

 

それは、「リーマム」であった。

 

続く

魔法の絵本⑤

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注:これは、この記事を投稿した2日後に実家から届いた日本語版の写真

 

超話題のベストセラー『The Rabbit Who Wants to Fall Asleep』は、24時間で魔力を失ってしまった。それどころか、娘はこの本に対して憎悪さえ抱くようになってしまったようで、本にパンチを食らわせている。前夜のあの驚異的な効果は夢にすぎなかったのか。たった1度の実験で衝動的に日本語版とその姉妹版を注文してしまったのは、迂闊すぎる行為だったのだろうか。落胆と動揺を隠しきれない私をよそに、夫は「You are right! I don’t like it either!」と言って娘をなだめると、『The Rabbit Who Wants to Fall Asleep』を放り投げ、別の英語の本を読み始めた。

 

その夜は結局、別の英語の本2冊と日本語の本1冊でやっと娘は寝入った。所要時間は40分ぐらいだったのではないだろうか。夫が投げ出した『The Rabbit Who Wants to Fall Asleep』を拾い上げて呆然と見つめていると、夫がこの本の批判を延々と述べ始めた。この本は子供だましの催眠術で、読み手と聞き手をバカにしている。ストーリーの中に娘の名前を登場させるたびに、懐疑心と嫌悪感が込み上げた。無理やり寝つかせようという意図が見え見え。すこぶる賢い娘(親バカ)には、そんなちんけなトリックは効かない。昨晩はお昼寝をしていなかったうえにたくさん運動したから疲れ果てていただけで、決してこの本が効力を発揮したわけではない、と熱弁をふるって私の手からロジャーを取り上げると、他の絵本の山の下に押し込んだ。夫同様に親バカ丸出しの私は、我が娘が利発すぎてこの本のしかけをすぐに見抜いてしまい、子供だましのストーリーに自尊心を傷つけられて怒ったのだという夫の分析に納得し、落胆を満足に転換することにした。

 

しかし、日本語版と姉妹版まで衝動買いしてしまった「魔法の絵本」だが、1度きりでお役目御免なのだろうか。アマゾンのカスタマーレビューは英語版も日本語版もポジティブなものばかりと思っていたが、よくよく見ると、夫と似たような批判的なコメントも2~3件あった。「無理やり寝かせるだけの本って感じで、絵本の良さゼロ」という厳しい意見もある。だが、買ってしまった以上、使わずに埃に埋もれさせるのはもったいない。特に、まだ効果を試していない日本語版はそうだ。『おやすみ、ロジャー』は表紙を見せただけで娘に拒否反応を起こされそうだが、まだ存在を知らない『おやすみ、エレン』なら、単なる「新しいオカアサンの本」として受け入れてくれるかもしれない。日本から届いたら、とりあえず『おやすみ、ロジャー』はしばらく隠しておいて、『おやすみ、エレン』で実験してみよう。こっちの方がイラストもずっと可愛いし、日本語だから題で『The Rabbit Who Wants to Fall Asleep』のシリーズ本だとバレることはないだろう。

 

こうして自分の衝動的な投資を正当化させるべく、様々な挽回策を頭の中で練り始める私であった。

 

魔法の絵本④

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アマゾン・ジャパンでのオーダーは、モバイルアプリを日本市場用に設定していないため、右手の人差し指1本でというわけにはいかない。もちろん、アプリの設定をアマゾンUKからアマゾン・ジャパンに切り替えればそれも可能であろうが、今の私にはアマゾンUKの方が使用頻度が断然高く、実用的だ。だから『おやすみ、ロジャー』の注文は両手の指(主に人差し指、中指、薬指)を駆使し、PCでアマゾン・ジャパンのサイトにアクセスして実行した。

 

アマゾンUKで『The Rabbit Who Wants To Fall Asleep』をオーダーした時には気が付かなかったのだが、この本には『おやすみ、エレン』という姉妹版(?)もある。レパートリーは増やした方が良いだろうからと、『おやすみ、ロジャー』と一緒に注文した。同じ著者と監訳者による「魔法のぐっすり絵本」シリーズで小ゾウが主人公。英語のタイトルは『The Little Elephant Who Wants To Fall Asleep』だから、日本語版同様にシリーズでパターン化した題のつけ方だ 。だが、アマゾン・ジャパンの商品ページに表示されている表紙のイラスト(上の画像)は、『おやすみ、ロジャー』と比べると数10倍カラフルで可愛らしい。この点が気になったので商品の説明を読んでみると、内容紹介には「ロジャーで寝た子も寝なかった子も楽しめる!3つのポイント」として、1. 日本の読者の要望により、ガラッとイラストが変わりました。「ロジャーの絵がちょっと苦手だった」という方にもおすすめです。2. ゾウのエレンが不思議の森を冒険しながら楽しい新キャラクターたちと出会う楽しい物語に。3.「心理学的効果」にもとづく眠りの手法が「ロジャーで寝ない子」向けにパワーアップ! と書かれている。やはり、ロジャーの絵に眉をひそめたのは私だけではなかったようだ。それにしても、「日本の読者の要望」で前回のイラストレーターをクビにしてしまうほどの影響力を日本市場は持っているのか。そう言えば、雑誌『ヴェリイ』のインタビュー記事で監訳者の三橋美穂さんは、翻訳版で最も売れているのは日本語版だと語っていた。

 

かくして、『おやすみ、ロジャー』と『おやすみ、エレン』は注文した2日後にお届け先に指定されている私の実家に配達された。その2日後に実家の両親が英国の私の元へ発送してくれたようだが、私の手元に届くまでには5~6日かかるであろう。果たして日本語版は、英語を「自分の言語」と決めている娘に英語版と同レベルの効力(魔力)を発揮することができるのだろうか。娘は最近、私が日本語で言ったことを「今の英語で何て意味?」と(英語で)訊いてくることが多くなった。本を読み聞かせているときも、日本語の単語や表現に関する質問が増えている。やはり日本語は100%理解できているわけではないようなので、日本語で「魔法の本」を読んでも「たった10分で、寝かしつけ!」とはいかないかもしれない。これを実験するのが楽しみだ。

 

そして「10分で熟睡絵本!」英語版の魔力を目の当たりにした翌日月曜日の夜。歯磨きを済ませて私たちのベッドに潜り込んだ(これはまた別の機会の話題)娘は、例によって「ダディの本」をリクエストした。夫は娘に添うように横たわり、『The Rabbit Who Wants To Fall Asleep』を取り出すと、いつにも増して穏やかな声で最初のページを読み始めた。娘を夫と川の字に挟むように寝そべっていた私は、さり気なく娘の表情を観察していた。すると、最初は気のせいかと思ったが、夫が掲げている本を娘はしかめっ面で見つめているではないか。しかも、夫がストーリーを読みながら(本に指定されている箇所で)娘の名前を呼びかけるたびに、娘は私の方に振り返って怒ったような顔を見せる。本の指示に従ってあくびをすると、「ふんっ!」とそっぽを向く。そして3ページ目に入ったところで、「I don’t want to be in this story!」ともの凄い形相で抗議した。それでも夫はしばらく読み続けたが、自分の名前が聞こえるたびに娘は「No!」と怒りの声をあげる。ついには手足をバタバタさせて、「I don’t like it! I HATE this story!!」と泣き出してしまった。

 

続く

魔法の絵本③

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そして、ついに日曜日の夜。我が娘に対する『The Rabbit Who Wants to Fall Asleep』の効果を試す時が来た。歯磨きをしてベッドに入った娘は、いつものように「ダディの本」から読んでくれとねだる。そこで夫は『The Rabbit Who Wants to Fall Asleep』を手に取り、「さあ、今夜は新しいストーリーだよ!」と娘の好奇心を煽った。寝つかせようとしている時にあまり興奮させるべきではないと思ったが、黙って観察することにした。

 

I am going to tell you a story that can make you feel very sleepy...」と、夫は静かな声でゆっくりと冒頭を読み始めた。時折あくびをしたり、娘の名前を呼んだりしている。どうやらこれは、この本に組み込まれている演出のようだ。優しいささやきのような夫の声が、眠りたいのに眠れないロジャーというウサギのことを紹介する。聞き手である娘とまったく同じ歳だとか。ロジャーの兄弟姉妹はもうとっくにぐっすり眠っているが、ロジャーはなかなか眠れない。お父さんウサギももう眠り込んでいて、まだ眠っていないのはロジャーの他にお母さんウサギだけ。いつもなら、本を読んで聞かせていると横から色々と口を出してくる娘だが、今日は黙って聞き入っている。

 

しばらくして、「フーっ」というため息が聞こえた。娘の顔をそっとのぞいて見ると、目は閉じていて、しゃぶっていた左の親指が口から落ちそうになっている。「おっ!これは!?」と思った矢先、娘は寝返りを打って再び大きなため息をつくと、スース―と寝息を立て始めた。私は「おおおおおっ~‼」と思わず叫びそうになったが、声を殺して「ワオ!ワオ!ワオ!」と驚喜した。なんと、5ページも読まないうちに、あのつわものの娘が熟睡している!所要時間は5分弱。これは凄い!凄すぎる!娘の世界新記録だ!これにはさすがにこの本を敬遠していた夫も驚愕した。本当に魔法の本だ。なんという魔力。これはまさに、絵本に見せかけた催眠術だ。効果テキメン。夫と私は目をウルウルさせて見つめ合い、音が出ないように「エア拍手」をした。

 

それにしても、なんとも信じられない力を持つ本だ。作者は行動心理学者ということだが、私には『眠りの森の美女』に出てくる3人の妖精の弟子と同格の人物だ。物語の中に自然に眠りに誘うせりふや動作がちりばめられていて、心理学的効果があるとか。聞き手である子供の名前を呼びかけるのは、物語の中にスッと入り込みやすくなるからだそうだ。この夜、わが娘はこの本の監訳者、三橋美穂さんの説明をすべて実証した。「10分で熟睡絵本!」どころではない。「5分で爆睡絵本!」である。

 

絵本だというのに絵がミニマリスト的であるのは、鮮やかな色を数多く使ったり、ごちゃごちゃと細かいものまで描いた絵で子供の視覚を刺激しすぎないようにするためなのだろうか。確かに娘は、読んでもらっている絵本の絵をしっかり観察しているようで、細部を指差して様々な指摘をする。私たちなら見逃しているような点にもしっかりチェックを入れている。だから普段はページごとに2~3回ぐらいの頻度で質問や指摘が飛んで来るため、なかなか物語を読み進めることができない。つまり、今までベッドタイムに読み聞かせていた絵本は刺激が強すぎるということなのだろうか。これからは、視覚的そして聴覚的な刺激を抑えたベッドタイム向けの絵本を選ぶべきだろうか。

 

この驚異的な実験結果を目撃してから10分後、私はアマゾン・ジャパンでこの本の日本語版『おやすみ、ロジャー』を注文していた。

 

続く

魔法の絵本②

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我が娘は4歳児にしては就寝時間が遅い。もっと小さい頃からそうだった。それは親である私たちの責任なのだろうが、夜の9時前に寝入ることは非常に珍しい。8時30分ぐらいにベットに入っても、本を数冊読んで聞かせないと寝つかない。何度もベッドに入れる時間を早めようと試みたが、成功したためしがほとんどない。いつもなんだかんだと理由をつけて起きている。大抵の場合、まず夫が英語の本を読んで聞かせる。そしていつも最低でも2冊は読まないと納得しない。その後、「もうネンネしなさい」と言っても、「今度はオカアサンの本!」とねだる(「オカアサン」だけ日本語)。しぶしぶ日本語の本を読んで聞かせるが、私も2~3冊読む羽目になることもある。「ダディの本が1冊、オカアサンの本が1冊」とルールを決めても、「ヤダ!」(これは日本語で言える)とグズって眠ろうとしない。だが、3冊ぐらい読んで納得すると、すぐにスヤスヤと寝入る。相当疲れ果てている時以外はこのパターン。だからこの日の夜も、夫は英語の本を2冊読んで聞かせた。しかし、夫が選んだ2冊目も、『The Rabbit Who Wants to Fall Asleep』ではなかった。

 

何ゆえに夫はあの絵本を選ばないのか。効果抜群と高い評価を受けていることはちゃんと教え込んだはず。不可解な夫の選択に苛立ちを感じたが、ベッドタイムの娘の目の前で言い争いをするわけにはいかない。そこで黙って見守ることにした。案の定、娘は2冊目の英語の本が終わった後、私に日本語の本を読んでくれとねだり出した。「もう遅いからダメ」と言っても納得しない。結局、「本当に本当の最後の1冊」と約束させて、短めの日本語の本を読んで聞かせた。読み終わった後、娘は約束どおり目を瞑り、しばらくするとスヤスヤと寝息をたてて眠り始めた。ベッドに入ってから寝入るまでの経過時間は約30分、いや、もっと経っていたかもしれない。

 

なぜ『The Rabbit Who Wants to Fall Asleep』を読んで聞かせなかったのかを夫に問い正したくてたまらなかったが、出張から戻ったばかりで疲れているだろうと気を遣い、その夜はぐっと堪えることにした。そして翌日土曜日の夜。今度こそはと期待を膨らませていたが、夫はまたしても別の本を選んだ。私は内心半ギレ状態だったが、夫が2冊目にどの本を選ぶかを見極めてから抗議することにした。そして2冊目も別の本。再び夫に期待を裏切られて怒った私はついに、『The Rabbit Who Wants to Fall Asleep』を夫の目の前に突きつけ、「なんでコレ読まないの!」と爆発した。すると夫は、「この本にはテキストが多すぎる!読むのがうっとおしい!」と反論した。私はムカッときて、「そんなことない!これは幼児用の絵本なんだから!」と言いながらページをめくってみた。すると確かに、見開きページの右側はテキストがぎっしり詰まっている。次のページも、その次のページもそうだ。左側のページには、子供の絵本の絵というよりも小説の挿絵に近い、どちらかと言うとシンプルであまり可愛いとは言えない絵が描かれている。使われている色も、最高でも4色ぐらいしかない。確かに、読み手へのアピール度は低い。だから夫はこの本を敬遠していたのだ。

 

夫がこの本を避けていた理由は分かったが、せっかく購入したのだから試さずにいる訳にはいかない。雑誌『ヴェリイ』掲載の三橋美穂さんのインタビューで読んだこの本の秘密を延々と説明し、なんとか翌日の日曜日の夜こそは試してみることに対する夫の合意を得ることに成功した。

 

続く

魔法の絵本①

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アマゾン・プライムは恐ろしい。右手の人差し指1本でいとも容易くショッピングができ、週末でも翌日配達。しかも、モノによっては当日配達も可能。あまりにも簡単すぎて、便利すぎて、とてつもなく恐ろしい。私のような衝動買いの常習犯には、危険すぎるサービスだ。ブリタニー・スピアーズの17年前のヒット作『Oops, I did again!』(あの曲がヒットしたのはそんなに昔のことなのかと実感するとこれまた恐ろしいが、あのビデオはなかなかお茶目でよかった)じゃないが、まさに「あっ、またやっちゃった!」の境地だ。配達業者は複数あるが、クリスマスや正月のような祝日でも配達してくれるところもある。配達業者に商品を託す前に注文を処理するアマゾンや小売業者の従業員も、とんでもない時間帯に就業しているのだろう。なんだか労働者の搾取に加担しているようで罪悪感にかられることもあるが、なんとも便利な世の中だ。

 

だが、ここの本題はアマゾン・プライムの恐ろしいほど便利なオンラインショッピングサービスではない。それを介して購入したアイテムのひとつである。事の始まりは、私が電子購読している雑誌『ヴェリイ』8月号に掲載されていた記事。この雑誌の主力読者層は私より10歳+下のアラサー世代だが、高齢出産した私の場合、自分の世代を対象とした雑誌に掲載されている子育て関係の記事は子供の年齢がイマイチ合わない。だから『ヴェリイ』の方が参考になることが多い。問題の記事は、「真夏の夜の寝かしつけ!」と題された、子供の寝かしつけテクニックに関するものだった。「2TIPS TO GET YOUR KIDS TO SLEEP」という英語の副題まで付いている。見開きページの右側は、「たった10分で寝かしつけ」と話題の世界的ベストセラー『おやすみ、ロジャー』を監訳した快眠セラピスト、三橋美穂さんのインタビュー。そして左側は、日本人で初めて「妊婦と子供の睡眠コンサルタント」の資格を取得したNY在住の愛波文さんという女性のインタビュー。2人の快眠スペシャリストが紹介する寝かしつけ方だから、「2TIPS TO…」という訳だが、何ゆえ英語の副題なのか。どちらも海外発のテクニックだからだろうか、などと勝手な詮索を展開しながらも、なかなか寝付かない4歳の娘を持つ私は、「10分で熟睡絵本!」というふれ込みのこの絵本にただならぬ好奇心を抱いた。そして、三橋美穂さんのインタビュー記事を読み終わった40秒後には、『おやすみ、ロジャー』の英語版をアマゾン・プライムUKで注文完了していた。これは、私の衝動買い史上最短記録だったかもしれない。

 

作者はスウェーデンの行動科学者で、物語の中には数多くの「眠くなるしかけ」があるらしい。自律訓練法という医療メソッドも盛り込まれているそうだ。この本を日本語訳する際には、リラックス効果があるような言葉を選ぶことにこだわったそうだ。翻訳の仕事もしている私にとって、非常に興味深い話である。英語版を購入したのは、こちらの方が手元に届くのが断然早いから。日本語版だと、アマゾン・ジャパンで注文して大阪の実家に発送してもらい、実家のジジ&ババ(私の両親)にお願いして英国の私の元へ送ってもらう、という手の込んだロジスティックスが必要になる。アマゾン・ジャパンからこちらへ直接発送してもらえば?と思う人もいるだろう。私がそれをしない理由は、過去にフランスからアマゾン・ジャパンで直接配送を指定して注文した本がフランスの税関に引っかかり、本の値段の3倍近くも関税で持って行かれるという苦い経験をしているからだ。(追記: 今思い出したのだが、関税だけで本の3倍近くになったのではなく、送料と関税の合計がそうだった)

 

とにかく、こうして『おやすみ、ロジャー』の英語版『The Rabbit Who Wants to Fall Asleep』 を衝動買いしてしまった。宣伝記事に踊らされているだけなのかもしれないが、三橋美穂さんの説明には説得力がある。それほど高価なものではないし(5.59英ポンド=約820円)、試してみる価値はあるかもしれない。木曜日の午後に注文し、手元に届いたのは翌日金曜日のお昼すぎ。しかも、プライムメンバーなので送料無料。さすがアマゾン・プライム。恐るべき便利さだ。アマゾンのボール紙封筒を開け、本を取り出す。英語版のタイトルの上部には、「A New Way of Getting Children to Sleep」と、期待できそうなキャッチコピーが掲げられている。「子供を寝かしつける新しい方法」 ― 実に頼もしい。我が家では、お休み前の本読みは夫が英語の本、私が日本語の本という役割分担になっている。そもそも、我が家で日本語を読めるのは私しかいないため、私が日本語を読むのは当然のことだが、夫が出張などで不在の時に、「ダディが恋しいから、ダディの本を日本語のフリして英語で読んで」と娘に(英語で)ねだられることがよくある。『The Rabbit Who Wants to Fall Asleep』 を衝動買いした日も夫が出張で翌日の夕方まで戻らないため、英語の本を数冊読み聞かせた。

 

翌日の金曜日に帰宅した夫に早速この本を見せ、私が『Very』で読んだインタビュー記事のことを説明すると、夫は「ほほう」とそれなりに関心を示した。その日の夜、娘は数日ぶりにネイティブスピーカーの夫が英語の本を読んでくれることに大喜びしていた。最近では、私が夫の代わりに英語の本を読んでいる際に単語の発音を間違えると、娘は横から訂正を入れてくる。嫌味のない、さらっとした訂正の仕方だが、4歳児とは言えなかなかチェックが厳しい。だからこの魔法の本も、英語版は夫が読まないと効果は出ないのかもしれない。だが、「Daddy, story please!」という娘のリクエストを受けて夫が最初に取り出した本は、私が待ち焦がれていた『The Rabbit Who Wants to Fall Asleep』ではなかった。

 

続く

娘の4歳の誕生日~ケーキ編④(これは、今年の5月に他のメディアに限定公開していた投稿に手を加えた記事)

とにかく出来た。これで娘とのお約束も、保育園に対する公約も果たせる。ストレスバンバンの朝であったが、重大な任務の一部を達成した満足感に浸りつつ、ケーキを冷蔵庫の中に入れた。これから30分間ほどエクササイズをし、シャワーを浴びてメイクをしたら、軽くランチを済ませてケーキを保育園に配達しよう。身支度をしてからケーキを冷蔵庫から取り出す。我が家には、ちょうどいい大きさのガラスの蓋つきチーズボードがある。これは、数年前に夫の上の娘2人(そう、私は継母でもある!)がクリスマスにプレゼントしてくれたものだ。これはケーキの配達に役立ちそうだ。ケーキを置いてみると、本当にぴったりのサイズであった。だが、これも慣れている人なら、最初からケーキを運ぶための箱を用意しているだろう。ちょっとチーズ臭い気がしたが、まあいいだろう。これを自分の車で配達する訳だが、座席上でしっかり固定させないと、急ブレーキを踏んだら大変なことになる。まずは、玄関のドアを開け、車のドアも大きく開けてから、ケーキの入ったチーズボードを運ばなければならない。ボードを抱えながらドアを開けようとすれば、とんでもないアクシデントが発生しかねない。慎重に動いたため、ケーキを車の中に運ぶ作業は無事クリアできた。

 

次にケーキを助手席に固定する。このガラスの蓋つきチーズボードは本当に役に立った。写真のように、シートベルトでガラスの蓋を固定した。これから安全運転でいざ、娘の保育園へ!

 

保育園に着くと、先生たちがケーキを見て感嘆の声をあげてくれた。
「Wow, it looks gorgeous! Looks beautiful and yummy!」などの(少し大げさな)誉め言葉をいただいた。単なるお世辞かもしれないが、そう言われるとやはり嬉しくなる単純な私。子供たちはまだ私とケーキに気が付いていない。園長先生の事務所にそっと忍び込むと、娘のクラス担当の先生が、「4」の形をしたロウソクにマッチで火をつけてくれた。その間にもう1人の先生が子供たちを集め、「今日は誰のお誕生日か知ってますか?娘の4歳のお誕生日です。みんなでHappy Birthdayを歌いましょう!」と呼びかけた。子供たちが娘のために『Happy Birthday』を歌い始めたので、私は事務所からケーキを持って子供たちのほうへ進んだ。

 

今日はお誕生日なので特別に白雪姫のコスプレ姿で保育園に来ていた娘は、他の子供たちに取り囲まれて照れくさそうに立っていた。私が運んできたケーキを見ると、子供たちは一斉に歓声を上げた。嬉しそうに飛び跳ねている子もいる。なんて無垢なんだろう。娘は「Mummy! オカアサン!You really really made it!」と目を輝かせて喜んでくれた。あー、やっぱり頑張ってバースデーケーキを作ってよかった!

『Happy Birthday』を歌い終えると、英国ではたいてい「Hip hip, Hooray!」と3回喝采を送る。興味のある人はこちらを参照:https://ja.wikipedia.org/…/%E3%83%92%E3%83%83%E3%83%97%E3%8…

喝采を受けた娘は、照れながらロウソクの火を吹き消すタスクにとりかかった。ところが、緊張していたのかうまく吹き消すことができず、私に助けを求めてきた。母子一緒に揃って吹くと炎は消えた。

 

子供たちは今すぐケーキを食べたいと言い出したが、まだおやつの時間ではなかったのでしばらくお預けということになった。私は仕事が残っているのですぐ家路についた。助手席に乗せた空のチーズボードを見て、何とも言えない達成感を覚えた。

 

その日、娘をお迎えに行ったのはロンドンからちょうどいい時間に帰ってきた夫。彼の話によると、ケーキは大好評だったとかで、ひとかけらも残っていなかったそうだ。先生たちも食べたらしく、とても美味しかったとのこと。ゴムベラについていたスポンジの生地や、ボウルに残っていたホイップクリームはちょっと舐めて味見していたが、ケーキそのものは食べていないので少し不安であった。まあ、本の分量通りの材料で作ればよっぽどのことがない限り、「不味い」ものにはならないと思うが、スポンジの上半分が板のように硬かったのではないかと心配していた。だが、みんな心から感心してたと夫が言うので、大丈夫だったのだろう。安堵した。

 

では、ご当人の娘の判定は?「お母さんが作ったケーキ、美味しかった?」と尋ねると、「うん。But I didn’t like the cream…」と顔をしかめた。どうやら、ホイップクリームを残してスポンジとイチゴだけ食べたらしい。うーむ。。。人工着色料が大量に使われていそうなアイシングで覆われた市販のケーキなら、このアイシングの部分しか食べない娘。そんな彼女がスポンジとイチゴだけ食べたということは、ケーキの核心は上出来だったということだろうか。そういうことにしておこう。

 

というわけで、なんとかMission Accomplished! しかし、強烈なストレスに見舞われた半日だった。たかがバースデーケーキ作りで心身ともにここまで疲労するとは。。。
慣れないことをするなら、やはり数日前にリハーサルしておくべきであろう。教訓。