けりかの草子

ヨーロッパ在住歴24年、現在英国在住のバツイチ中年女がしたためる、語学、社会問題、子育て、自己発見、飲み食いレポートなど、よろずテーマの書きなぐり。

夫婦間の主従関係

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私は他人に自分の夫の話をするとき、主義として「主人」という表現は絶対に使わないようにしている。くだらないこだわりかもしれないが、私にとってこの「主人」という言葉は夫婦間の主従関係を象徴するものであり、男性上位を認める表現であるため、どうしても強い抵抗感を抱いてしまう。私の夫は伴侶であり、人生のパートナーであっても、決して私の主人ではない。すなわち、私は彼の「下僕」や「召使い」ではない。だからといって我が家が「かかあ天下」だというわけでもない。私たち2人の間にあるのは縦(上下)の関係ではなく、平等な横のつながりだと自負している。

 

今の社会では、この「主人」という呼称は慣習的に使われているだけで、昔のような主従関係・男性上位の意味合いはないのかも知れないが、それでも私は使うことを拒否している。その理由を英国人やフランス人の友人・知人に説明すると、たいていの場合皆が納得してくれる。私の夫自身も私のこの主義を全面的に支持してくれている。

 

それでは日本人との会話で夫のことを何と呼んでいるのかというと、親しい人や夫と面識のある人に対しては夫のファーストネーム、初対面の人や知り合い程度の関係の人の場合は「夫」というパターンが基本だ。だが、他人の夫のことをどう表現するかとなると、これがなかなか厄介な問題だ。一般的な「ご主人」は自分の掲げる主義に反する。だが、「夫さん」などという表現はおかしい。「旦那さん」も主従関係を示す言葉であるから使いたくないのだが、だからといって適切な表現が思い浮かばない。当人のファーストネームを知っている場合はそれを使うことができるが、結局のところ、なんだかんだとケチをつけておきながら「ご主人」を使っていることが多い。

 

だが、日本でこの「主人」という言葉が「夫」の呼称として使われるようになったのは、実はそれほど遠い昔のことではないらしい。2年前に書かれた面白い記事を発見したのでご紹介しよう:

主人、旦那、奥さん、家内……という呼び方、共働き時代には違和感 | DRESS [ドレス]

この記事を読んでいると、夫を「主人」や「旦那」と呼ぶことに対する違和感や拒否感は高まっているようで勇気づけられる。だがやはり、他人の夫を何と呼ぶかは微妙なところだ。

 

その点、英語や仏語は実に楽だ。英語では一般的に「husband」、仏語では「mari」で、日本語の「主人」にあたる「master」や「maître」が夫を示す言葉として使われることはない。最近ではどのカップルも婚姻関係にあるというわけではないので、英語では「partner」という表現(仏語では「ボーイフレンド」にあたる「petit ami」または「ami」が無難)を使うことが多くなってきたが、ここでは「夫」のケースに絞る。英語の「husband」や仏語の「mari」は日本語の「主人」のように明示的に主従関係を示す言葉ではないが、果たしてその背景には本当に主従関係が存在しないのだろうか。気になったので、例の如くそれぞれの語源をググってみた。

 

まず英語の「husband」だが、複数のウェブサイトの説明によると、その語源はどうやら古ノルド語(古ノルド語 - Wikipedia)で「男性の世帯主」や「家の主人」にあたる「husbonda」らしい。それが13世紀後半になって、古英語で「結婚している男性」を意味する「wer」という言葉の代わりに使われるようになったということだ。つまり、英語の「husband」の背景にも主従関係があったのだ。それにしても、単なる「結婚している男性」を意味していた古英語の「wer」がなぜゆえに主従関係を秘めた古ノルド語を語源とする「husband」に取って代わられてしまったのだろうか。しかし、その語源を知っている英語のネイティブスピーカーはほぼいないであろうし、日本語の「主人」と異なり、言葉そのものが誰にも明確にわかる主従関係の象徴というわけでもない。

 

一方、仏語の「mari」の方は、残念ながらオンライン検索ではそれなりに納得のいく説明を見つけることができなかった。ただ、仏語で「結婚する」は「se marier」であるから、そこから来ているのだろうかと勝手に憶測をめぐらせている。機会があったらフランスの友人たちに質問してみようと思うが、どうやら仏語のこの言葉に主従関係の意味合いはなさそうだ。さすがは「自由」「平等」「博愛」を国のモットーに掲げるおフランス!Vive La France!!! 

 

しかし、仏語で「妻」は「femme」が一般的であるが、この「femme」という単語は「女性」「女」という意味でもある。つまり、「私の妻」にあたる「ma femme」は、「俺の女」とも訳せるのだ。これはあまりにもマッチョすぎて、ロマンチックな恋の国おフランスのイメージからかけ離れているではないか!との声があがりそうだ。ただ、フランスで15年近く暮らした経験とフランス人を前夫に持つ私に言わせると、「フランス人男性=ロマンチック」というのは伝説にすぎない。現実は「十人十色」だ。

 

それでも、仏語で「夫」を意味する言葉に男性上位の概念はない。くだけた仏語では、自分の夫や彼氏のことを「mon homme」や「mon mec」と呼ぶことがよくある。これらは「ma femme」の直接的な対義語で、直訳すれば「私の男」と言う意味だ。やはりフランスは「自由」「平等」「博愛」の国。

 

Vive La France! 🇫🇷🥖🥐🍷🍾🐓