けりかの草子

ヨーロッパ在住歴24年、現在英国在住のバツイチ中年女がしたためる、語学、社会問題、子育て、自己発見、飲み食いレポートなど、よろずテーマの書きなぐり。

魔法の絵本③

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そして、ついに日曜日の夜。我が娘に対する『The Rabbit Who Wants to Fall Asleep』の効果を試す時が来た。歯磨きをしてベッドに入った娘は、いつものように「ダディの本」から読んでくれとねだる。そこで夫は『The Rabbit Who Wants to Fall Asleep』を手に取り、「さあ、今夜は新しいストーリーだよ!」と娘の好奇心を煽った。寝つかせようとしている時にあまり興奮させるべきではないと思ったが、黙って観察することにした。

 

I am going to tell you a story that can make you feel very sleepy...」と、夫は静かな声でゆっくりと冒頭を読み始めた。時折あくびをしたり、娘の名前を呼んだりしている。どうやらこれは、この本に組み込まれている演出のようだ。優しいささやきのような夫の声が、眠りたいのに眠れないロジャーというウサギのことを紹介する。聞き手である娘とまったく同じ歳だとか。ロジャーの兄弟姉妹はもうとっくにぐっすり眠っているが、ロジャーはなかなか眠れない。お父さんウサギももう眠り込んでいて、まだ眠っていないのはロジャーの他にお母さんウサギだけ。いつもなら、本を読んで聞かせていると横から色々と口を出してくる娘だが、今日は黙って聞き入っている。

 

しばらくして、「フーっ」というため息が聞こえた。娘の顔をそっとのぞいて見ると、目は閉じていて、しゃぶっていた左の親指が口から落ちそうになっている。「おっ!これは!?」と思った矢先、娘は寝返りを打って再び大きなため息をつくと、スース―と寝息を立て始めた。私は「おおおおおっ~‼」と思わず叫びそうになったが、声を殺して「ワオ!ワオ!ワオ!」と驚喜した。なんと、5ページも読まないうちに、あのつわものの娘が熟睡している!所要時間は5分弱。これは凄い!凄すぎる!娘の世界新記録だ!これにはさすがにこの本を敬遠していた夫も驚愕した。本当に魔法の本だ。なんという魔力。これはまさに、絵本に見せかけた催眠術だ。効果テキメン。夫と私は目をウルウルさせて見つめ合い、音が出ないように「エア拍手」をした。

 

それにしても、なんとも信じられない力を持つ本だ。作者は行動心理学者ということだが、私には『眠りの森の美女』に出てくる3人の妖精の弟子と同格の人物だ。物語の中に自然に眠りに誘うせりふや動作がちりばめられていて、心理学的効果があるとか。聞き手である子供の名前を呼びかけるのは、物語の中にスッと入り込みやすくなるからだそうだ。この夜、わが娘はこの本の監訳者、三橋美穂さんの説明をすべて実証した。「10分で熟睡絵本!」どころではない。「5分で爆睡絵本!」である。

 

絵本だというのに絵がミニマリスト的であるのは、鮮やかな色を数多く使ったり、ごちゃごちゃと細かいものまで描いた絵で子供の視覚を刺激しすぎないようにするためなのだろうか。確かに娘は、読んでもらっている絵本の絵をしっかり観察しているようで、細部を指差して様々な指摘をする。私たちなら見逃しているような点にもしっかりチェックを入れている。だから普段はページごとに2~3回ぐらいの頻度で質問や指摘が飛んで来るため、なかなか物語を読み進めることができない。つまり、今までベッドタイムに読み聞かせていた絵本は刺激が強すぎるということなのだろうか。これからは、視覚的そして聴覚的な刺激を抑えたベッドタイム向けの絵本を選ぶべきだろうか。

 

この驚異的な実験結果を目撃してから10分後、私はアマゾン・ジャパンでこの本の日本語版『おやすみ、ロジャー』を注文していた。

 

続く