けりかの草子

ヨーロッパ在住歴24年、現在英国在住のバツイチ中年女がしたためる、語学、社会問題、子育て、自己発見、飲み食いレポートなど、よろずテーマの書きなぐり。

服従の心理〜①(注:これは2016年2月に他のメディアに限定公開していたものに手を加えた記事)

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先日、久しぶりにテレビで大人の映画を観た。「大人の映画」と言っても、決してエロものではない。娘を中心に展開する日々の暮らしでは、テレビ鑑賞は幼児向け番組がほぼ99%。ニュース番組を少しでも観ることができれば上出来だ。では夜はどうかというと、夕食の後に娘を入浴させ、8時30分から9時の間に娘を寝付かせようとするが、一緒に寝入ってしまうのがお決まりのパターン。夜中に目を覚まし、仕事が残っている時は徹夜。それ以外は、洗面と歯磨きを済ませると、そのまま寝てしまう。

 

先日はめずらしく娘がベッドに入ってすぐに寝付いたので、数日前に録画してあった「大人の映画」を観ることができた。『Compliance (邦題:コンプライアンス 服従の心理)』という、2012年にアメリカで公開された作品だ。日本公開は2013年6月末だったらしい。これは、2004年にアメリカのケンタッキー州で実際に起きた「ストリップサーチいたずら電話詐欺事件」をベースにした物語である。非常に後味の悪いストーリーなので、万人にお勧めという映画ではない。だが、人間の恐るべき一面を深く考えさせられる作品なので、多くの人に観て欲しいと思う。

 

冒頭に映し出される黒い画面。そして白い文字が衝撃的なメッセージを表示する。1961年に実施された実験で、人間は権威的な存在からプレッシャーを受けると、その権威に服従し、良識に反した非人道的な行為をも行うことが証明されたという。そしてこの実験結果を裏付けるような出来事は、実際に数多く起こっていると。この実験とは、権威者の指示に従う人間の心理を調査した、イエール大学の心理学者スタンリー・ミルグラムによる「ミルグラム実験」のことを指しているらしい。この実験の詳細は、日本心理学会やウィキペディアの記事に示されている(http://www.psych.or.jp/interest/mm-01.htmlおよび https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ミルグラム実験)(はてなブログ掲載時に追記:数ヵ月前にこの実験を描いた映画『Experimenter(邦題は、機能性をそのまま商品名にした健康食品のように長くてあまりにもそのまますぎる『アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発』)』を観た。『Compliance』と合わせて観ると、さらに面白みが増すのでお勧め)。そしてメッセージは、この映画のストーリーが現実に起こった事件を基にしたものであり、事実の誇張は一切行っていないことを宣言する。

 

ある日、ファーストフード店の真面目なマネージャーである中年の女性が、警察官と名乗る男性からの電話を受ける。その「警察官」は、彼女の店で働く若い女性従業員が客から金を盗んだという通報を受け、現在極秘の捜査中だと言う。そして、容疑者の家宅捜査中で現場を離れることが出来ないため、彼女に自分に代わって容疑者の女性の身体検査をするように指示する。指示はすべて電話で行われ、他の従業員のみならず、マネージャーの恋人や常連客も巻き込んでいく。そして身体検査はやがて、信じ難い虐待行為にまで発展する。

 

観ている私たちは何度も苛々させられ、歯がゆい思いをした。なぜ、こんなにも簡単に、電話で警察官と名乗っているだけの人物の言いなりになるのか。指示の内容はどんどんエスカレートし、どう考えても人の道に反する行為を求められる。指示される人物は、不審に思いつつも結局指示どおりに行動する。受話器の向こうの相手がためらうたびに、「警察官」は威圧的な口調で巧みに議論する。だが、指示を受ける側は、面と向かって拳銃を突きつけられている訳ではない。

 

夫と私は、「ここでおかしいと思ってやめなかったら、アホとしか言いようがないだろっ!」と何度もテレビに向かって叫んだり、あまりの信じ難さに首を振った。

 


続く