けりかの草子

ヨーロッパ在住歴24年、現在英国在住のバツイチ中年女がしたためる、語学、社会問題、子育て、自己発見、飲み食いレポートなど、よろずテーマの書きなぐり。

旭酒造株式会社「獺祭 磨き その先へ 」試飲記 (注:これは2016年1月に他のメディアで限定公開していた記事に手を加えたもの)

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写真は、大変敬愛している方から、昨年(2015年)の夫の還暦祝いに頂いた貴重な一本。蔵元から直々に入手されたそうで、何か特別なイベントか、日本酒に非常に興味を持っているアメリカ在住の友人がロンドンに来た時に一緒に飲みたいと思い、冷所に保管していた。

 

頂いてからかれこれ7ヵ月近く経過しており、この「特別なイベント」や友人の次の訪英が何時になるか見当がつかないため、今晩テイスティングしてみることにした。

 

この思いつきテイスティングを「特別なイベント」に格上げすべく、最近よく通の間で言われている『チーズと日本酒の素晴らしい相性』を自分たちの味覚と嗅覚で試す実験を行った。冷蔵庫にたまたまあったチーズを使っての実験なので、チョイスに特に深い意味はない。その道のエキスパートから見れば、とんでもない組み合わせかも知れない。しかし、何事も自分で試してみて初めて理解できるもの。出したチーズは、ロックフォールパルミジャーノ・レッジャーノ、そしてフランスの有名な庶民的クリームチーズ、「La Vache Qui Rit (発音:ラ・ヴァッシュ・キ・リ/直訳: 笑う牛)」。このチーズはイギリスでは英語のブランド名で販売されている。その名も偉大な 「The Laughing Cow」。バリバリの逐語訳がしっくり受け入れられている稀有な例だ。日本では英語のブランド名のカタカナ表記(ラッフィング・カウ)で紹介されているようだ。

 

まずはこの酒そのものの本質を学ぶために、ぐい呑みに注がれた液体の香を聞く(「香りを聞く」という通な表現を使ってみる私)。控えめで奥ゆかしい花のような香。何故かは分からないが、すみれを連想した。次にひと口、舌に絡ませてみる。この瞬間、夫も私も、ワイン漫画『神の雫』の遠峰一青のごとく、「おおおおっ〜」と感動に震えた。「何という繊細さ!何というなめらかさ!そして何という軽やかさ!絶妙にバランスの取れたフルーティさと甘さ。このうえなく美しい‼︎ それはまるで、初夏の風にセーラー服の襟をなびかせる乙女のような初々しさ!(まるで、色オヤジの雄叫びのようだが)」二人ともすっかり恍惚の境地に入り込んでいた。

 

ちなみに2歳8か月の娘は、隣の「テレビの部屋」で『機関車トーマス』のDVD(20エピソード入り)に夢中になっていたため、幸いにもニルヴァーナに達した両親の姿を見ていない。

 

最初の数口の余韻に浸りつつ、本題の「チーズとのマリアージュ」の実験に移行した。私が先ず試したのは、パルミジャーノ・レッジャーノ。第一印象は、「うむっ、イケる?」。パルミジャーノの程よい塩みと固い歯応えが、「獺祭 磨き その先へ」のなめらかで繊細なフルーティさに花を添えたように感じた。余韻だけでは確信出来ないので、すぐにもうひと口。私はなかなかいい感じだと思ったが、夫は同意見ではなかった。パルミジャーノの塩みが、「獺祭 磨き その先へ」のデリケートな甘さを押しのけてしまっていると言う。なるほど。言われてみればそうかも。

 

水とパンで口直しをしてから、次にロックフォールとのマリアージュの調査にあたる。結論から述べると、これはダメだ。ロックフォールの塩みが強烈すぎて、繊細な「獺祭 磨き その先へ」は完全に消し去られてしまう。そこで、再び口直しをし、冷蔵庫にあった梅酒を水で薄めずに飲んでからロックフォールを食べてみた。ムムムっ、これは面白い!梅酒の濃厚な甘さと青カビのパワフルな塩みの相乗効果が双方の魅力をさらに引き出し、まろやかで何とも不思議なハーモニーを奏でているように感じた。これはウケそうだ。日本酒ソムリエなどの専門家には当たり前のことかも知れないが、私たちにとっては思いがけない発見だった。

 

そして最後は「笑う牛」。(ほぼ)万人に愛されているこのクリームチーズはやはり、一番無難なマッチと言える。でしゃばらない適度な酸味と、とろけるクリーミーさが、「獺祭 磨き その先へ」の可憐な風味を程よく引き立てる。素晴らしいマリアージュとまではいかなくとも、相性はなかなか良いと思った。

 

だが、このようにデリケートな日本酒は、そのもの自体をじっくり味わいたい。Exquisite - 絶品。「獺祭 磨き その先へ」は、チーズと合わせるのには繊細すぎる、というのが私たちの結論だ。どちらかといえば、白身魚の刺身やブリしゃぶなどと飲みたい一本。ただしこれは、あくまでもド素人である私たち独自の感性に基づいた見解である。

 

そしてニルヴァーナから俗世(テレビの部屋)に戻った私たちは、ほろ酔い気分で『機関車トーマス』の歌を娘と一緒に口ずさむのであった。

 

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これが「笑う牛」。狂牛病にかかった牛ではない。90年以上にわたり、世界の多くの国々で庶民に愛され続けている工業的クリームチーズである。