けりかの草子

ヨーロッパ在住歴24年、現在英国在住のバツイチ中年女がしたためる、語学、社会問題、子育て、自己発見、飲み食いレポートなど、よろずテーマの書きなぐり。

ハムリーズ現象 Part 2(注:これは、2016年1月に他のメディアに限定公開していた記事に手を加えたもの)

床から天井に届くぐらいまで商品を積み上げる。激安の殿堂ドン・キホーテ独特のあの陳列法は『圧縮陳列』と呼ばれているそうだが、夫も私も日本滞在中は極力ドンキを避けるようにしている。黒と黄色のあの看板がチラッと目に入っただけでもストレスを感じるからだ。

Part 1で投稿した写真を撮った日は、やむを得ない事情があって店内に足を踏み入れた。あの日、増上寺拝観と東京タワー見物に行く途中、娘の紙オムツを切らせてしまっていたことを思い出し、増上寺近辺のコンビニを数軒まわったが見つからなかった。東京タワーを見物した後に渋谷まで行き、東急百貨店やドラッグストアで探してみたが、どの店もパンツタイプ2枚入りの携帯用パックしか置いていなかった。「これは中国人買い物客による買い占めの影響か???」と思い、西武百貨店コンシェルジュに尋ねてみると、ドンキには沢山置いてあると言われた。行き方を示した地図までもらったので、行ってみることにした。

娘がベビーカーで眠り込んでしまっていたため、夫は娘と外で待ち、私がひとりで店に入ることになった。店内で5分以上時間を費やせば、ハムリーズ効果で神経衰弱が発症してしまう。だからすぐさま店員を見つけ、10枚以上入っている紙オムツパックの有無を確認した。店員現象に導かれてオムツコーナーに到着すると、確かにこの地域の他のどの店よりも品ぞろえは豊富であった。しかしどれもパンツタイプのものであったため、テープタイプでなければ買わないと決めていた私(熟練イクメンの夫でも、パンツタイプは拒否する傾向にある)は、直ちに店を立ち去った。店に入ってから出るまでの時間はおそらく3分以下だったと思う。

だが、この『圧縮陳列法』こそがドンキ販売戦略の成功の鍵なのだと、ある経済誌の特集記事に書かれていた。それは、「開け~、ゴマッ!」と唱えて入るアリババの洞窟の中にいるかのような宝探しのワクワク感を提供し、迷路のごとく入り組んだ通路の曲がり角に並べられた人気商品や評判の商品が客の好奇心をそそるからだという。これらの「仕掛け」が客を長居させ、買い物かごの中に入る商品の数を増やしているのだとか。

Excite ニュースの記事では、20代の学生25名と同世代の社会人25名を対象にした、ドンキで費やす時間についてのアンケート調査のデータが掲載されていた。対象年齢層と人数がかなり限られているので、これが日本の消費者の行動を代表するものだとは言えないが、それによると、20代学生の平均滞在時間は1.24時間で、20代社会人の平均滞在時間は1.56時間。英国人の夫や日本を離れて20年を超える私にとって、これは驚異的な数字だ。私達の場合、このような店に一歩でも足を踏み入れると、四方から襲いかかってくる膨大な視覚情報に脳が対応しきれなくなり、誰かに脅迫でもされているかのような切迫感を覚えて一刻も早く逃げ出したくなる。

それは私達が『外人』だからなのだろうか。しかし、このような店は中国人などのアジア系爆買いツアー客で溢れている。彼らだって『外人』だ。ではそれは、彼らも日本人同様、限られたスペースに活字や画像、商品を満載するという文化に慣れているため、ハムリーズ現象に対する免疫があるからなのか。

私のような『外国かぶれ』とされる人種ではなく、生粋の非日本人である夫にとって、ドンキやドラッグストア、広告物などに見られる日本のこの『圧縮陳列・表示』文化と、京都龍安寺の石庭などの洗練された静寂の空間を愛でる日本人の美意識とのとてつもないギャップは、まったくもって理解の及ばない未知の世界である。

「まるでジキル博士とハイド氏のようだ」とつぶやく夫に、つい同感してしまう私であった。