けりかの草子

ヨーロッパ在住歴24年、現在英国在住のバツイチ中年女がしたためる、語学、社会問題、子育て、自己発見、飲み食いレポートなど、よろずテーマの書きなぐり。

ハムリーズ現象 Part 1 (注:これは、2016年1月に他のメディアに限定公開していた記事に手を加えたもの)

f:id:Kelly-Kano:20170711071818j:plain

 

この写真は、東京(確か渋谷)のドン・キホーテで撮ったもの。

ドンキに限らず、日本のドラッグストアやヨドバシカメラビックカメラなどの店では、店内に溢れんばかりの商品がぎっしり陳列されている。

こういう店に入ると、あまりにも多い商品の品ぞろえと視覚を攻撃してくるようなPOPに圧倒されてしまい、夫も私も思考回路が麻痺状態になる。「XXを買う」という明確な目的を持って挑んでも、どれを選べばよいのか判断する能力が失われ、後で後悔するものを選んでしまうか、何も買わずに店を出るという結果に終わることがほとんどだ。
これを私達は、「Hamleys Effect(ハムリーズ効果)」または 「Hamleys Moment(ハムリーズ現象-本来なら、『moment』は『瞬間』などと訳すべきだが、ここでのニュアンスを考慮すると、『現象』のほうがふさわしい)」と呼んでいる。

ここでいうハムリーズとは、ロンドンのリージェントストリートにある、世界最古(255年もの歴史を持つ)かつ最も有名な玩具の老舗「Hamleys」のことである。近年ではイギリス以外の地にも多くの店舗を出しているが、ロンドンの旗艦店は、地下階も含め全7層で構成されるマンモスショップだ。私達がこの効果・現象にハムリーズの名前を使っている理由は、夫の子供時代の体験にある。

それは夫が10歳のときのこと。スコットランドインバネスから両親とともにロンドン観光にやって来た際、このハムリーズに連れて行ってもらった。それまでは、電話ボックスより大きな玩具店など見たことがなかったという。この日、夫少年は戦闘機のプラモデルを買ってもらうことになっていた。


第二次世界大戦期の戦闘機(第一希望はドイツのルフトワッフのもの)のプラモ」という明確なターゲットがあったにもかかわらず、この強大な玩具店に足を踏み入れた途端、膨大な品数に圧倒されて半分パニック状態に陥った。いつまでたってもどれを買うか決められず、オロオロしている息子にしびれを切らせた父は、「とっとと決めろ!」と怒鳴りつけた。父親からのプレッシャーで思考回路が完全にショートしてしまった夫少年は、反射的にすぐ目の前にあったモデルに手を伸ばした。父親はそれを息子の手からひったくると、とっととレジへ行って支払いを済ませ、放心状態の息子の手を引っ張って店を出た。あの時そのモデルを買ってしまったことを、夫は半世紀経った今でも後悔している

 

今回の里帰り(2016年1月)では、私はドラッグストアで美白コスメ(特に化粧水と美容液)を買いたいと思っていた。シミを目立たなくするというフレ込みのSkin Tone Corrector系化粧品は、最近になって欧米でもいくつかのメーカーが売り出しているが、日本に比べるとまだまだ種類と品数は少ない。美白コスメ市場が充実している日本なら、日本人の自分の肌に合った効果的なものが買えると期待していた。種類が非常に多いことは承知していたので、前もってネットでクチコミ情報などをチェックし、ある程度ターゲットを絞っていた。ところが、東京に着いた翌日、宿泊先から徒歩3分のドラッグストアに入ってみると、美白化粧品コーナーにたどり着く前にすでに目がチカチカし、ものすごいストレスを感じていた。それはおそらく、陳列棚間のスペースが狭いうえに、色とりどりの多種多様な商品やド派手なPOPがズラ~ッと並んでいたからだろう。店内を照らす蛍光灯のアグレッシブな光の効果もあったのかもしれない。

お目当ての美白化粧品コーナーでは、ターゲットを絞っていたにもかかわらず、あまりにもオプションが多すぎて迷いに迷った末(30分以上かけたと思う)、予定していたものとはまったく違う商品を買い物かごに入れた。レジで支払いをしている途中、急に自分の選択に自信がなくなり、店員のお兄さんに「これって、いい品ですか?効果があるって評判ですか?」などと意見を求めてしまった。店員さんはちょっと困ったような笑いをうかべ、「まあ、悪い品、ではないですけどね」と言った。そして少し間を置いて、「どれもあまり違いはありませんよ」と付け足した。

 

その時すでに宿泊先を出てから1時間半近く経過しており、夫と娘(当時2歳8ヵ月)がうんざりしている(本来の目的は、娘用の牛乳をコンビニで買うことだった)だろうと思ったので、そのまま支払いを済ませて帰途についた。部屋に戻った時には、精神的にも身体的にも疲れ果てていた。買い物袋を投げ出してベッドに倒れ込んだ私の口から飛び出したのは、「Hamleys Effect!」 の一言だった。

イギリスに戻って1週間経った今でも、あの時の選択が本当に妥当だったのかどうか、たまらなく不安になることがしばしばある。