けりかの草子

ヨーロッパ在住歴24年、現在英国在住のバツイチ中年女がしたためる、語学、社会問題、子育て、自己発見、飲み食いレポートなど、よろずテーマの書きなぐり。

現代女性のプレッシャー①

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日本でも大々的に報道されていたと思うが、今から2年前の2015年5月2日、英国王室のキャサリン妃が第2子シャーロット王女を出産した。私は特に英国王室ファンではないのでニュースを追っていたわけではないが、このロイヤルベビー誕生のニュースは目を瞑り、耳を塞いでいても入って来るというに近い大騒ぎぶりであった。そのうえ、このときは「ウィリアム王子とキャサリン妃に王女誕生」という歴史的イベントそのもの以外にも、非常に注目された要素があった。それは、出産後12時間も経たないうちに新生児と退院したキャサリン妃の、完璧としか言いようのない出で立ちである。

 

 

何気なくテレビでニュース番組を見ていた私は、後光が差すほど美しいキャサリン妃の退院姿に驚愕した。そしてとっさに口から出たのは、「やめてっ!!それってフェアじゃない!」という叫び。驚愕の後には苛立ちさえ覚えた。キャサリン妃は国際的に注目されている英国ロイヤルファミリーの一員。平民出身でモデルのようなルックスを持つ彼女は、英国のみならず世界の多くの国々で憧れの対象となっているだろう。だから常にメディアが付きまとい、写真も撮られまくる。そういう立場上、いつでも完璧なルックスを保たなければならないというプレッシャーがあるのだろうが、それにしても、出産後間もない姿がこんなに美しくあっていいものなのか?

 

 

艶々に輝くロングヘアには完璧なゆるめの縦巻きカール。少し濃いめだが絶妙なさじ加減のメイク。身に纏っていたのは英国を代表するデザイナー、ジェニー・パッカムによる、黄色の小花(キンポウゲ)プリントのワンピースドレス。シルク製だそうで、カスタムメイドアイテムだとか。そして足元には、高さ10cmはありそうなベージュのハイヒール(ジミー・チュウものらしい)。耳には英国人ジュエリーデザイナー、アヌーシュカのティアドロップパールのピアス。実は私も同じものを持っているが、キャサリン妃が使っているから買ったのでは決してなく、彼女が使い始める前から持っていた。夫からのプレゼントで、お気に入りアイテムのひとつだ。キャサリン妃もこのピアスを愛用しているようでメディアでよく取り上げられているが、プライドの高い私はそれを非常に迷惑に思っている。とにかく、出産という大仕事を終えて間もない(大変スムーズな安産だったそうだが)あの時のキャサリン妃は、スタイリッシュすぎて、エレガントすぎて、ラグジュアリーすぎて、非現実的すぎる。

 

 

庶民の私たちの大半は、出産のために入院するときには、ジャージやスウェットというむさ苦しい姿にボサボサのひっつめ髪、おまけにノーメイクというのが主流ではないだろうか。日本では出産後最低でも4日間は入院するらしいが、英国では順調な出産だった場合、その日か翌日に退院するのがごく普通。帝王切開出産でも予め予定されていた場合、朝に出産したらその日の夕方に退院というケースがほとんどだ。だから多くの人は、これまたジャージかスウェット姿に乱れ髪、そして出産の疲れでやつれた顔にノーメイクという、色気皆無の状態で退院する。私は予定日より21日も早く破水したが陣痛が起こらなかったため、20時間におよぶ誘発分娩の末に緊急帝王切開で娘を出産した。下半身麻酔の副作用で身体中がむくみ、脚は2倍ぐらいに膨れ上がって2日間ほど歩くこともままならなかった。退院したのは出産後3日目のことだったが(日本の母は「早すぎる!」と心配していた)、この時も身体のむくみは治っておらず、重たい脚を引きずりながらカタツムリペースでやっと前進できる程度であった。入院時に履いていたフラットなバレリーナシューズに足が入らなくなってしまっていたため、夫が家から持ってきてくれたビーチサンダルを履いた。ハイヒールなど、とても履けるような状態ではなかった。そして超ダサイひっつめ髪に、もちろんノーメイク。しかも妊娠後期から顔に肝斑が出ていて、ドス黒い肌に黄土色のフェイスマスクを付けているような顔面になっていた。エレガンスのエの字にも程遠いボロボロの姿であったが、娘の誕生という人生最大の出来事で幸せに包まれていた私には、そのようなルックスの問題などは頭になかった。これが現実世界の出産直後女性というものだ。

 

 

キャサリン妃には当然専属のスタイリストやヘアスタイリスト、メイクアップアーティストなどがついているだろうし、何と言っても将来の英国王妃だからパーソナルケアのレベルは庶民のそれと比較の対象にはならない。だが、あの時の、あまりにも完璧すぎて非現実的な彼女の姿は、現実世界の一般女性たちに不必要なプレッシャーを与えたと思う。実際、あのキャサリン妃の退院姿は英国中のママたちの間にショックの嵐を巻き起こした。ソーシャルメディアは出産経験のある女性たちの驚愕と羨望のコメントで溢れかえっていると、多くのメディアが報じていた。私のように一種の苛立ちを感じた女性も少なくなかったようだ。キャサリン妃は第1子ジョージ王子出産後の退院時もジェニー・パッカムの白い水玉模様が付いた水色のワンピースドレスにオフホワイトのウェッジサンダルというスタイリッシュな出で立ちだったが、髪は艶々ながらも自然体で、メイクもナチュラルメイク風であった。もちろん凡人より数十倍エレガントで美しかったが、もう少し俗世に近い印象を与える姿だったと思う。第2子出産後はなぜ、あれほど気合いの入ったスタイリングで登場したのだろうか。素が並みよりずっと綺麗な人なのだから、あそこまでしなくても十分美しいはず。一般人にはとうてい真似のできない技であるのに、「今の時代のママとは、こうあるべきなのよ!」という理不尽な模範を見せつけられたような気がした私は、単なる妬み屋なのだろうか……

 

続く